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カナダで大麻を使用して帰国した日本人旅行者や留学生は大麻取締法によって処罰されるのだろうか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
カナダで嗜好用大麻が解禁(写真:ロイター/アフロ)

■はじめに

 カナダでは、2018年10月17日から大麻が解禁され、使用が合法化されています(州法の規定に基づいて、18歳以上の者は合法的に30グラムまでの大麻を所持したり、他人と共有することが可能)。日本を含めて世界中の圧倒的大多数の国は、現状では大麻について厳しい態度を取り続けていますので、カナダのこの試みは、国を挙げての壮大な実験といえるでしょう。ただし、これは後戻りがほぼ不可能な実験です。大麻の規制については、緩和の方向にあるのが世界の流れかもしれませんが、大麻解禁によって、これからのカナダ社会がどのように変化していくのかについては、世界中が注目していることと思います。

 ところで、カナダには毎年、たくさんの日本人が旅行や留学などで訪れています。カナダで大麻が解禁されたことから、彼らが大麻パーティなど、現地で大麻に触れる機会も出てくることと思います。また、好奇心でみずから大麻を購入し、使用する人も出てくるでしょう。そこで、気になるのは、カナダで大麻を使用した日本人が帰国後に処罰されるのかということです。もちろん、証拠の問題がありますから、かりに法的に処罰が可能だとしても実際上は難しいでしょう。しかし、ここで考えたいのは、そのような捜査上の現実ではなく、大麻取締法の条文上、そもそもそのような処罰が法的に可能なのかという問題です。

大麻取締法

■大麻取締法の国外犯規定

 大麻取締法第24条の8には、「第24条、第24条の2、第24条の4、第24条の6及び前条の罪は、刑法第2条の例に従う。」という規定があります。刑法第2条は、「すべての者の国外犯」を規定したものであって、この規定によって、大麻の栽培や所持などの罪を国外で犯したとしても、大麻取締法の適用が認められています。

 ただし、注意しなければならないのは、刑法第2条は、その対象を内乱罪や通貨偽造罪、有価証券偽造罪など、国家の存立そのものを危うくするような重大な犯罪行為としており、日本人であろうと外国人であろうと、また犯罪地がどこであろうと、海外でそのような重大犯罪を犯したすべての者に対して日本の刑法を適用するという規定なのです。ここでは日本の存立そのものを守るということが条文の根拠になっていますので、このような考えは保護主義と呼ばれています。

 ところが特別法の中には、大麻取締法の規定と同じように、「~の罪は、刑法第2条の例に従う。」と規定したものが多く見られます(覚せい剤取締法やあへん法などの薬物犯罪に関する処罰法、航空機の強取等の処罰に関する法律[いわゆるハイジャック処罰法]など)。これらの法律が「刑法第2条の例に従う。」と規定している意味は、その犯罪が世界の多くの国家に共通する利益を侵害する犯罪(特に薬物犯罪や戦争犯罪、海賊やハイジャックなど)であるので各国が協力してその処罰を確保するためなのです。このような考え方は、世界主義と呼ばれています。

 たとえば、賭博については、海外の(合法的な)カジノでギャンブルを行っても、日本の刑法を適用するという規定はありませんが、大麻取締法は、日本に大麻が蔓延することを防止し、さらに薬物犯罪取締りについての国際協調などの必要性があって、海外での大麻所持その他の行為に罰則を適用する規定を置いているのです。要するに、大麻取締法第24条の8に書かれている「刑法第2条の例に従う。」という趣旨は、大麻の取締りは国家を超えた共通の利益を有するので、日本は相手国と協調して大麻の取締りに当たるという決意の表明であるわけなのです。ですから、カナダが大麻を解禁した以上は、大麻を禁止することについて日本とカナダとの間で共通の利益が存在しなくなったということになります。

■カナダで大麻を栽培したり、所持したりすることは、「みだりに」に当たらない

 大麻取締法第24条の8が規定している犯罪は、大麻を「みだりに」栽培したり、所持したり、日本や外国に輸出入するなどの行為です。問題は、この「みだりに」というのはどのような意味なのかということです。

 一般に「みだりに」とは、違法性を意味する言葉であり、日本国内であれば日本法に違反することであり、国外であれば、その行為が行われた国の法令に違反するとともに、その行為が日本で行われたとすれば、日本法にも違反するという意味です。つまり、「みだりに」といえるためには、日本だけではなく、その国でも違法性を有し、処罰可能でなければなりません。

 刑法第2条の場合には、そこで問題になっている犯罪行為は、すべて日本の刑法に規定された犯罪ですから、その要件はもっぱら日本の刑法によって決まります。しかし、「刑法第2条の例に従う」とする、大麻取締法の場合、たとえば外国への大麻の輸出入などは外国との関係において問題となりますので、それが「みだりに」行われたものかどうかは、日本法と外国法の両方に違反してはじめてその違法性が認められると理解すべきです(植村立郎「大麻取締法」注解特別刑法5-II医事・薬事編(2)[第2版]VII、97頁)(なお、大麻のカナダ国内への持込み、カナダ国外への持出しは今も違法です)。これは大麻の購入や所持なども同様で、カナダが大麻を合法化した以上、カナダ国内において行われ、カナダ国内で完結している大麻の購入や所持などは合法であり、それが形式的に大麻取締法が規定している行為であっても日本法から見て「みだりに」行われたものではないと考えるべきです。

■まとめ

 以上のように、日本人旅行者や留学生がカナダに行って、カナダで大麻を購入したり、所持したりすることは、それらの行為がカナダ国内で完結しているならば、彼らが帰国した後に大麻取締法の適用はないと考えるべきです。そうしないと、カナダで大麻を合法的に栽培、所持・使用しているカナダ人が、日本に旅行や留学で訪れた場合、(彼らが大麻を日本に持ち込んでいなくとも!)証拠があれば日本で大麻取締法違反で逮捕・処罰できるということになってしまいます。

 もちろん、カナダから日本に大麻を送るとか、カナダ土産に日本国内に大麻を持ち込むといった行為は、日本国内での行為ですから、大麻取締法に該当する犯罪行為であることはいうまでもありません。

 なお、日本の刑法第3条には、「この法律は、日本国外において次に掲げる罪を犯した日本国民に適用する。」という規定があり、放火や文書偽造、強制性交や強制わいせつ、殺人や傷害致死などの犯罪については、日本人が海外で犯した場合であっても日本の刑法も適用されます(国民の国外犯)。かりに、大麻取締法が刑法第2条ではなく、この「第3条の例に従う。」としていたならば、カナダで行われた大麻使用であっても、理論的には大麻取締法は適用可能であるということになります。(了)

【参考記事】

【大麻取締法における主な罰則の整理】

第24条

 大麻の栽培・輸出入(7年以下の懲役)

 営利目的の場合は10年以下の懲役、場合によっては10年以下の懲役および300万円以下の罰金

 未遂処罰あり

第24条の2

 所持、譲受け、譲渡し(5年以下の懲役)

 営利目的の場合は7年以下の懲役、場合によっては7年以下の懲役および200万円以下の罰金

 未遂処罰あり

第24条の3

 使用、大麻から製造された医薬品の施用・交付・施用を受けること、許可を受けた大麻栽培者が、大麻の栽培地外への持ち出し(5年以下の懲役)

 営利目的の場合は7年以下の懲役、場合によっては7年以下の懲役および200万円以下の罰金

 未遂処罰あり

第24条の4

 24条1項または2項の罪を犯す目的でその予備をすること(3年以下の懲役)

第24条の6

 24条1項または2項の罪を犯すための資金、土地、建物、車両、大麻種子などの提供や運搬(3年以下の懲役)

第24条の7

 大麻の譲渡し、譲受けとの周旋(2年以下の懲役)

第24条の8

 何人であるかを問わず、日本国外でこの法律が定める栽培、輸出入、その予備、その資金提供、所持、譲受け、譲渡し等の周旋の各罪を犯した者に対してはこの法律が適用される。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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