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マイノリティに光をあてたNetflixドラマ『ハリウッド』──皮肉なファンタジーか無邪気な歴史修正か

松谷創一郎ジャーナリスト
Netflixドラマ『ハリウッド』のメインキャスト(写真:REX/アフロ)

黄金時代の1940年代

 5月1日に公開されたNetflixオリジナルシリーズ『ハリウッド』は、そのタイトルどおりロサンゼルスの映画の都を舞台とした全7話のコメディタッチのドラマだ。と言っても、舞台は現代ではなく第二次世界大戦の直後。内容から1946~48年頃だと推定される。

 『glee/グリー』を手掛けたライアン・マーフィーが製作総指揮を務めるこの作品は、潤沢な予算で当時のハリウッドを再現した。アメリカン・ドリームを目指した意欲的なひとびとが集った、活気あふれる黄金時代のハリウッドが活写されている。

 しかもそこで強調して描かれるのは、史実には現れない人種・性的・性マイノリティたちの存在だ。この作品のテーマはこれだ。1940年代に光を浴びなかったマイノリティたちの、“もうひとつの歴史”を描いている。

 しかしその展開は、一見華やかで心温まる内容ではあるが、倫理的に大きな議論を呼ぶものでもある。

ハリウッド・サインを上る若者たち

 ハリウッドの名所のひとつは、小高い丘の上に掲げられた「HOLLYWOOD」の看板だ。このドラマのイントロダクション・ムービーで、登場人物たちは助け合いながらこのハリウッド・サインに上る。それは、作中に登場する作品に関連しながらも、アメリカン・ドリームとしてのハリウッドを象徴している。そこは、だれもが成功を夢見て頂点を目指す「夢の都」だ。

ロサンゼルス・サンタモニカにあるハリウッド・サイン(PxHereより)。
ロサンゼルス・サンタモニカにあるハリウッド・サイン(PxHereより)。

 物語の冒頭は、戦争から帰還してロサンゼルスに来たばかりの青年、ジャック・カステロ(デイヴィッド・コレンスウェット)を中心として進む。俳優を志す彼は、日々スタジオの入り口に集まり、エキストラからスターの座を目指すがなかなか仕事にありつけない。仕方なく生活のためにガソリンスタンドで仕事を始めると、実はそこは密かに若い男性の売春を斡旋していた。しかし顧客にスタジオの幹部もいたことで、彼は俳優としての突破口を見つける──以上が第1話前半の展開だ。

 「半径5マイル以内ですべてのことが決まっている」──6年前、筆者がハリウッドのプロデューサーから実際に聞いた言葉だ。「夢の都」は、けっして万人に開かれた世界ではなく、個人的な関係が強く意味を持つ場だと説明された。

 ジャックも売春をきっかけに運良くチャンスを掴む。黄金時代の40年代が、現代から見れば美しいことばかりでなかったことを表す導入だ。

マイノリティたちのハリウッド

 この作品では、回を追うごとに主要な登場人物は増えていく。その多くはジャックと同じくハリウッドでの立身出世を夢見る若者たちだが、ほとんどがマイノリティだ。

 有色人種には小さな扉しか開かれていなかった当時、黒人でゲイのアーチー・コールマン(ジェレミー・ポープ)は、自作の脚本を積極的に売り込む。その作品の監督に立候補するレイモンド・エインズリー(ダレン・クリス)はフィリピン系、その恋人で映画の主演を目指す女優のカミール・ワシントン(ローラ・ハリアー)は黒人だ。マイノリティである彼らは、自力で扉を開こうと奮闘する。

 アーチーによるその脚本は『メグ』というタイトルだが、当初は『ペグ』だった。その内容は、実在した女優ペグ・エントウィスルをモデルとしたものだ。将来を嘱望されていた彼女は、1932年にハリウッド・サインから飛び降りてみずから命を断ったことで知られる。アーチーは、この一件をモチーフに夢の都・ハリウッドの影を描こうとした。前述したこのドラマのオープニング映像も、これを象徴化したものだ。

 エントウィスルだけでなく、他にも実在した人物が複数登場する。

上:実際のアンナ・メイ・ウォン、下:実際のハティ・マクダニエル(上:PxHere、下:Pixabayより)。
上:実際のアンナ・メイ・ウォン、下:実際のハティ・マクダニエル(上:PxHere、下:Pixabayより)。

 たとえば、アーチーの恋人でもあるロック・ハドソン(ジェイク・ピッキング)は、ジャックのライバルとしての役回りだ。『ジャイアンツ』(1956年)などで知られるハドソンがゲイであることをカミングアウトするのは、実際は亡くなる直前のことだった。

 また、不遇な人生を送った中国系のアンナ・メイ・ウォン(ミシェル・クルージ)や、1939年に『風と共に去りぬ』で黒人としてはじめてオスカーを獲得したハティ・マクダニエル(クィーン・ラティファ)も登場する。彼女たちは、ハリウッドで活躍したものの、不遇な扱いも受けた存在だ。

 しかし、こうした実在の俳優は、かならずしも歴史通りには描かれない。脚色を超えたフィクションとして造形されている。この作品が議論を呼ぶのは、こうした歴史改変にある。

黄金期ハリウッドの3つのポイント

 このドラマが舞台とするのは、1946~48年頃にかけてだと推定される。前述したように、40年代とはハリウッドの第一期黄金時代だが、とくにこの時期に設定したのは絶妙だ。それは、3つのポイントから説明できる。

 まず、舞台が第二次世界大戦直後であることだ。ドラマの最初のシーンで出てくるニュース映画でも触れられているように、ロサンゼルスは軍需産業の中心として栄えた。そこにジャックが帰還兵であるように、多くの若者が戻ってきた。さらに、ヨーロッパや日本のようにアメリカ本土は戦場にもならなかった。全世界を巻き込んだ戦争は、第一次大戦と同様にアメリカにとっては優位に働いた。

 次が、テレビの浸透の直前期という点だ。アメリカでは1941年からテレビ放送が始まるが、本格化するのは1948年以降のこと。1950年には9%だったテレビ受像機の普及率は、1955年には64.5%、1960年には87.1%と激増していく(※1)。

 このドラマの冒頭はおそらく1946年だが、それは映画館の入場者数が過去最高を記録した年でもある。だが、テレビの普及によってこの年をピークに観客は減り続け、1953年にはその約半分にまで落ち込む(※2)。1946年とは、映画館が映像メディアとして圧倒的な力を持っていた時期だ。

 最後が、レッドパージ(赤狩り)が激化する直前だったことだ。戦後、冷戦に突入していくなかで、アメリカでは共産主義者(と思われる人物)を排斥する運動が強まる。そのとき標的となった業界がハリウッドだ。

 国会下院の非アメリカ活動調査委員会(HUAC)で、映画人の証人喚問が始まったのは1947年10月からだ。実質的に糾弾と密告の場となったこの委員会で、協力を拒んだ「ハリウッド・テン」と呼ばれる10人が後に議会侮辱罪で投獄される。こうしたプロセスは、ダルトン・トランボの伝記映画『トランボ──ハリウッドに最も嫌われた男』(2015年)に詳しい(※3)。

赤狩りを描いた映画としては、『トランボ──ハリウッドに最も嫌われた男』はもっともよく出来ている作品だ(2015年/画像:Amazon)。
赤狩りを描いた映画としては、『トランボ──ハリウッドに最も嫌われた男』はもっともよく出来ている作品だ(2015年/画像:Amazon)。

 その後、50年代に入って激化したレッドパージによって、チャールズ・チャップリンなど多くの映画人がハリウッドを追われた。目をつけられた映画人は、知人の共産主義者の名を出すかどうかを迫られた。名前を出せば自分は助かり、出さなければ自分が投獄されかねない状況に置かれた。こうしてブラックリストが作られ、そこに含まれる300人を超えるひとびとがハリウッドで仕事を失った。以上が、ハリウッド史上最大の汚点の経緯だ。

 HUACが始まったタイミングは、実はこのドラマ『ハリウッド』の後半と重なる。そして、実はそのクライマックスと大きく関係している可能性もある。

歴史改変に生じる倫理的問題

ここから映画の結末に触れます。

 ドラマ『ハリウッド』に戻ると、黒人のカミールを主人公とした『メグ』は、紆余曲折を経ながらも公開される。すると記録的な大ヒットとなり、1947年度の第20回アカデミー賞にも多くの部門でノミネートされる。

 もちろんこうした歴史は事実ではない。『メグ』は架空の作品だからだ。この当時、黒人が主演を務めることはなく、出演していたとしてもオスカーを獲ったハティ・マクダニエルのように黒人女性はメイド役ばかりだった。

 このドラマは、そうした史実を大胆に改変している。大衆に受け入れられた『メグ』は、1947年のアカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞・助演女優賞と、5部門でオスカーを獲得することになる。完全に偽史だ。マーティン・ルーサー・キング牧師やマルコム・Xが登場し、公民権運動が盛んになるのは50年代中期以降のことだ。

 映画やドラマで歴史の改変がなされるのは、けっして珍しいことではない。ただ、その場合には時代劇や史劇のように近代以前が題材とすることが多い。近過去を舞台としたフィクションは、記録がちゃんと残っていることもあり、また現代にも繋がる歴史でもあることから、その改変には倫理的な問題が生じやすい。政治に関係するモチーフであればとくに注意が必要となる。ともすれば歴史修正主義の主張となりかねないからだ。

 最近では、クエンティン・タランティーノの映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)や『イングロリアス・バスターズ』(2009年)は、意図的に歴史改変をした作品だった。前者は60年代のシャロン・テート殺害事件を、後者はナチスを題材としている。しかし、その展開は観賞者の予想とは異なる展開をする。

2019年度のアカデミー作品賞にもノミネートされた映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/画像:Amazon)。
2019年度のアカデミー作品賞にもノミネートされた映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/画像:Amazon)。

 このドラマが目指したのも、こうしたタランティーノの表現に倣ったところがうかがえる。しかし、それは成功しているとは言いにくい要素をはらんでいる。

 タランティーノの描く偽史は、多くのひとびとにとって周知の知識を前提にしているからこそ、アイロニカルなファンタジーとしての機能を果たす。一方、ドラマ『ハリウッド』に登場する映画『メグ』や、それに関わるこのドラマの主要人物はすべて架空だ。

 結果、『ハリウッド』はとても無邪気な歴史修正に見えてしまう。テーマはきわめてリベラルにもかかわらず、その方法論は右派が好む仮想戦記的な妄想と大差ないからだ。

 アイロニカルなファンタジーか、それとも無邪気な歴史修正か──この点でいえば、後者の持つ倫理的な問題が強く感じられる。

存在を消された『紳士協定』

 ただ、その歴史修正にはある批判的姿勢も隠されているのかもしれない。なぜなら、『メグ』がアカデミー作品賞を獲る改変によって、実際は3部門を受賞したエリア・カザン監督の『紳士協定』(1947年)が隅に追いやられているからだ。

映画『紳士協定』(1947年)。グレゴリー・ペックの相手役はドロシー・マクガイア(画像:Amazon)。
映画『紳士協定』(1947年)。グレゴリー・ペックの相手役はドロシー・マクガイア(画像:Amazon)。

 若きグレゴリー・ペックが主演を努めたこの作品は、ユダヤ人に対する差別を告発するために、みずからユダヤ人になりすまして生活するルポライターを描いた物語だ。プライベートにおける恋愛や家族に対する扱いなど、主人公は社会の厳しいユダヤ人への偏見に直面する。

 その内容は、派手さは弱いものの主人公の葛藤はしっかりと描写されており、ラブストーリーの要素もしっかりと加えられていて、社会派エンタテインメントとして非常にバランスの良い仕上がりだ。作中では黒人に対する侮蔑表現を主人公がたしなめるシーンもあるなど、そのメッセージは人種・民族的マイノリティを擁護するきわめてリベラルなものだ。しかし、『ハリウッド』は『メグ』によってこの『紳士協定』を上書きした。

 アメリカの映画産業が、ユダヤ人を中心に興隆してきたことは周知の事実だ。ワーナー・ブラザースや20世紀フォックスなど、メジャースタジオの創業者の多くもユダヤ人だ。だが、『ハリウッド』ではユダヤ人の影が薄い。第1話で、メジャースタジオの社長夫人が若き日に自身が受けた差別を話すシーンがあるだけだ。

なぜ『紳士協定』は消されたか──。

 それは、前述したレッドパージの歴史が関係しているのかもしれない。なぜなら監督のエリア・カザンは、密告者だったからだ。

 1952年の非アメリカ活動調査委員会の証人喚問で、カザンは自己保身のために若きの日の劇団仲間など多くの名前をあげた。これによって、彼自身はその後もハリウッドで監督を続けることができた(※4)。3年後にはジェームス・ディーン主演の『エデンの東』を発表し、アカデミー監督賞を受賞する。その一方で、多くのひとびとの人生を奪った。

 裏切り者であるカザンに対して、ハリウッドの視線は割れている。その十分な功績を讃えられ、1999年にはアカデミー名誉賞を受賞する。しかし、その授賞式に登場した89歳のカザンに対し、座ったまま腕を組んだ出席者も少なくなかった(その模様はYouTubeにある公式映像からも確認できる)。

 推測の域を出ないが、ドラマ『ハリウッド』が『紳士協定』を無視したのは、こうした歴史を参照した結果なのかもしれない。あの無邪気に見える歴史修正は、好意的に見れば、創り手による痛烈な批判を意味しているとも考えられる。

 同時にもし『ハリウッド』のシーズン2が創られるならば、この展開は大いなる伏線の可能性がある。なぜなら、この後に訪れる最大の負の歴史であるレッドパージへの言及を避けることはできないからだ。

 もし続編があるならば、『ハリウッド』は斜陽に入った50年代のハリウッドをどう描くのだろうか──。

■註釈

※1:霜鳥秀雄「米商業テレビネットワーク50年の軌跡~プライムタイム番組編成からの考察~」(1999年/『NHK放送文化研究所 年報1999 第44集』/→PDF)。

※2:ロバート・スクラー『アメリカ映画の文化史──映画がつくったアメリカ〈下〉』(訳:鈴木主税/1975=1995年/講談社学術文庫)。

※3:『トランボ』以外にもハリウッドにおけるレッドパージを描いた映画では、他に『ウディ・アレンのザ・フロント』(1976年)、ロバート・デ・ニーロ主演『真実の瞬間』、ジム・キャリー主演『マジェスティック』(2001年)などがある。またマンガでは、現在も『ビッグコミックオリジナル』で連載中の山本おさむ『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』(2017年~/既刊7巻/小学館)が、かなり詳細に描いている。

※4:山田和夫『ハリウッド──良心の勝利』(1992年/新日本出版社)。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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