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TOHOシネマズはなぜ『スター・ウォーズ』の入場料金を2000円にしたのか?

松谷創一郎ジャーナリスト
左から、C-3PO、新キャラクターのBB-8、R2-D2(写真:ロイター/アフロ)

本当に“アコギな商売”か?

12月18日に公開される予定の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』。人気大作シリーズの続編、さらにウォルト・ディズニーがルーカス・フィルムを傘下に収めてはじめての作品ということもあり、公開1ヶ月前にもかかわらず注目度はかなり高まっています。

そんななかTOHOシネマズは、8つの劇場でこの作品の一般入場料金(窓口料金)を2000円に設定することを発表しました。現在の一般(成人)入場料金は1800円なので、この作品だけ200円の値上げということになります。ただし、シニアや大学生などの通常料金や、割引サービスには変更がなく、前売り券使用者にも差額を求めることはないそうです。

『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』ポスター。
『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』ポスター。

NHKの取材に対してTOHOシネマズは、その理由を「明らかにできない」と回答しており、また公式ホームページでは「過去の事例を参考に作品的な価値を踏まえて」と説明しています。実際、過去にも『タイタニック』(1997年)や『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』(1999年)などで特別料金が設定されていたことはあり、業界的にはとても珍しいことでもありません(逆に『釣りバカ日誌』の入場料金が一律1000円だったように、通常よりも安い特別料金が設定されることもあります)。

こうしたTOHOシネマズの姿勢が、反発を受けているのも確かです。『スター・ウォーズ』という確実な動員が見込める作品で、より売上を高めるための手法に見えるからです。たしかに、これによって売上は増えることになるでしょう。しかし、TOHOシネマズは単純に“アコギな商売”をしていると言えるでしょうか?

特別料金設定の背景とは

最初に断っておかなければならないのは、今回の特別入場料金のはっきりとした事情はわからないということです。TOHOシネマズが公式見解以外の説明をしていない以上、当事者に取材をして確実な話を引き出すことは、現時点では簡単ではないでしょう。また、企業が経営戦略についていちいち説明する必要もありません。

ただ、今回の料金設定が過去の事例に基づいているように、これまで続いてきた映画業界の独特の商慣習を踏まえれば、その要因を高い確度で推定することは可能です。

そのときに注目しなければならないプレイヤーは、TOHOシネマズだけではありません。TOHOシネマズは映画を客に売る興行会社(小売店)であり、そこに映画(『スター・ウォーズ』)を卸す配給会社(流通)のウォルト・ディズニー社が存在しています。さらにそこにもうひとつの変数として、TOHOシネマズの親会社である東宝を想定する必要があります。周知のように、東宝は映画製作・配給をする会社でディズニーのコンペティターでもあります。

TOHOシネマズ、ウォルト・ディズニー、東宝──この3者間の関係を踏まえると、今回の料金設定の事情はより見えてきます。そこから導き出されるのは、以下のふたつの可能性です。

  • ディズニーによる高い映画料の設定
  • 東宝の『妖怪ウォッチ』戦略

以下、この二点についてそれぞれ解説します。

高い映画料の設定か

まず、高い映画料(卸価格)の設定の可能性についてですが、これは映画業界独特の商慣習を知らないとわかりにくい話なので先に説明します。

映画(商品)は、配給会社(流通)から興行会社/映画館(小売店)に卸されるものですが、物理的な商品と異なりそこで卸されるのは上映権です。しかし、基本的にこの上映権そのものにお金は発生せず、映画館で映画が上映されてはじめて入場料金=興行収入(売上)が生まれます。映画館(興行会社)と配給会社は、この興行収入を分けることになります。そのときの取り分の割合を「歩率」と呼び、配給会社の取り分(配給収入)を業界では「映画料」と呼びます(図参照)。

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歩率は、平均すると50%ぐらい(つまり半々)ですが、作品や公開週によっても異なります。たとえば、確実なヒットが見込めるハリウッドのブロックバスター(製作費が多くかかった大作)のような場合、公開1週目の映画料は70%、2週目は60%、3週目は50%といったような契約になることがあります。この具体的な数字は、配給会社と興行会社(映画館)の取引なので、表沙汰になることはほとんどありません。

こうした業界の商慣習を踏まえると、今回の一件で特別料金が設定された理由としてまず考えられるのは、ディズニーによる高い映画料の設定です。確実に動員が見込める映画において、配給会社の取り分が多い歩率が設定されることは珍しくありません(※1)。配給側にとっては、「この映画にはお客さんが確実に入るし、こっちも宣伝費を多くかけるから、映画館の取り分はこれくらいでもいいでしょ」ということです。

逆に映画館にとっては、自らの取り分をより増やすためには、当然ながら売上(興行収入)を増やすしかありません。そこでTOHOシネマズは一部の映画館で一般料金を200円値上げしたのではないか──と推定されるわけです。

『妖怪ウォッチ』をヒットさせたい東宝

もうひとつ考えられる可能性は、TOHOシネマズの親会社・東宝のための戦略というものです。

映画業界において年末年始は繁忙期のひとつです。『スター・ウォーズ』が、12月18日に公開されるのもそのためです。しかしこの翌日には、もうひとつの大作が公開待機しています。それが東宝配給の『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』です。

昨年12月公開のシリーズ一作目は、最終の興行収入が78億円という大ヒットを記録しました。12月公開作の成績は翌年度扱いとなるので、これは今年度の日本映画ではトップの成績です。しかも、公開週末の興行収入は16億2889万円と、東宝配給作品でも歴代トップのスタートだったほど。客層は基本的にはかぶらないものの、日本映画興行収入トップの作品と『スター・ウォーズ』はバッティングするのです。

『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』チラシ。
『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』チラシ。

このとき、東宝はもちろん『妖怪ウォッチ』をヒットさせたいと考えます。そして子会社のTOHOシネマズと連携して、より優先的に座席数の多いスクリーンを割り当てたり、上映回数を増やしたりするでしょう。その一方で、『スター・ウォーズ』には『妖怪ウォッチ』よりも小さい劇場が割り当てられたり、上映回数が減ったりするかもしれません。そこでTOHOシネマズは、『スター・ウォーズ』の売上を確実に増やすために、稼働率の高い都心の映画館に限って特別入場料金を設定するのではないか、と推測できるのです。

ここで気になるのは、東宝とTOHOシネマズのように配給会社と興行会社が同一資本であることです。TOHOシネマズでは、東宝配給の『妖怪ウォッチ』が優先される──ディズニーはもしかするとこのことを踏まえて高い映画料をTOHOシネマズに要求したということも考えられます。

日本の映画産業は、東宝・東映・松竹の大手三社による製作─配給─興行の垂直統合の歴史でもありますが、これは裏を返せば、興行部門を持っていない外部の映画会社の参入が不利なことを意味します。東宝は2003年にヴァージンシネマズを買収することによって、現在はイオンシネマに次ぐ規模の興行会社となりました。東宝ひとり勝ちの状況とは、興行網の安定化によっても導かれたのです。

ちなみにアメリカでは、1949年に反トラスト法の判決が出た通称「パラマウント・ケース」によって、製作・配給と興行の資本関係は基本的に切り離されています。よって、親会社の強い意向を受けて上映作品を編成するということはありません。

過去のケースとの違い

前述したように、特別入場料金は過去にも『インデペンデンス・デイ』(1996年)や『タイタニック』(1997年)、『スター・ウォーズ エピソード1 ファントム・メナス』(1999年)、『スターウォーズ エピソード2 クローンの逆襲』(2002年)などでも行なわれたと報道されています。たしかにそれはその通りなのですが、これはそれぞれ事情が異なります。

たとえば『タイタニック』の場合は、3時間9分という上映時間の長さと関係しています。映画は2時間20分を超えると一日に上映できる回数が少なくなるので、料金が同一であれば長い映画ほど売上が少なくなります。そのために、特別料金が設定されたと考えられます。また、2時間25分の『インデペンデンス・デイ』も同様の理由である可能性が高いでしょう。しかし、今回の『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』の上映時間は2時間16分なので、これらとは事情が異なります。

一方、『スター・ウォーズ エピソード1』と『同2』のケースですが、このときは当時の配給会社である20世紀フォックスが、入場料金を2000円にし、割引料金も認めないように興行会社に要請していました。それが発覚するのは、2003年になってからです。公正取引委員会が、独占禁止法違反(不公正な取引方法)の疑いで配給会社のフォックスに立ち入り検査をし、最終的に排除勧告する事態となりました。フォックスは、『スター・ウォーズ』2作だけでなく『PLANET OF THE APES/猿の惑星』(2001年)や『マイノリティ・リポート』(2002年)など、99年以降の76作品で入場料の維持や割引券使用に制限をかけていたと報道されています(※2)。

しかし、今回の『フォースの覚醒』の特別入場料金は、ディズニー側がTOHOシネマズに要求したとは考えにくいです。この公取委のフォックスへの勧告後、配給会社は入場料金のコントロールについては抑制的だからです。たとえば、ある映画で入場料金が一律1000円に設定されたことがありましたが、そのとき配給会社はあくまでも「お願い」として劇場側に提案し、それに従わない映画館もありました。また、今回TOHOシネマズは、割引サービスが使えると明言しています。

よって、今回ディズニーが2000円という入場料金をTOHOシネマズに要求したことは、やはり考えにくいのです。そんなことをしたら、公正取引委員会がやってくることになるだけですから。

3者の思惑とパワーバランス

繰り返しますが、ここまで見てきたことはあくまでも推定の域を出るものではありません。しかし、そこで見られるさまざまな要素(歩率や競合作、競合作の配給会社が興行会社の親会社)が複雑にからみ合って、今回の件を生じさせたことはおそらく間違いありません。まとめれば、ディズニー・東宝・TOHOシネマズのそれぞれの思惑と、3者のパワーバランスが微妙に絡んだ結果として、2000円の特別入場料金が生じたと考えられるのです。

ただし、今回のTOHOシネマズの値上げでひとつ留意しておくべきは、それが限定的だということです。まず、それは一般(成人)の窓口料金のみだけであり、シニアや学生などの料金および前売り券や割引サービスには適用されていません。加えて、東京と関西の主要8館のみで施行されるあたりも、限定的であることを示しています。都心からそれほど遠くないTOHOシネマズ錦糸町や府中では行なわれません。

もちろん、こうした一件から薄っすらと感じられるのは、現在のディズニーとTOHOシネマズ・東宝が、それなりに緊張関係にありそうだということです。「主要8館のみで特別料金2000円」が、もしかしたらもっとも穏当な落としどころだったのかもしれませんが、TOHOシネマズにとってもディズニーにとっても、さらには映画業界全体にとってもそれがプラスのイメージに働くとは思えません。短期的には目先の売上は増えても、映画業界全体に負のイメージが働けば、中長期的にはそれは自らの首を締めることにも繋がりかねません。

また、今後注視したいのは、このTOHOシネマズの対応に他社が追従するかどうかです。都心には、他にも新宿ピカデリー(松竹経営)と新宿バルト9(ティ・ジョイ運営/東映+東宝経営)という、日本でもっとも高い水準の稼働率のシネコンがふたつあります。また、都心から15~30分ほどのところにも、ユナイテッド・シネマやティ・ジョイなど、さまざまなシネコンがあります。これらの競合他社に波及するかどうかが、今後のポイントでもあります。

参入障壁となる「映画は高い」イメージ

稼働率の高い都心のシネコンの売上はバカにならないので、今回の特別入場料金は確実に全体の興行収入への影響を及ぼすでしょう。ただ、前売り券や割引サービスを使わず、窓口料金で映画を観るのは映画観客のライト層に限られます。むかし筆者が取材したある映画会社の幹部は、「いま窓口料金で映画を観るひとなんて、ほとんどいないでしょう」と述べたほどです。それは大げさだとしても、映画の入場料金に対しての認識は、ふだん映画館によく行く層とライト層では大きく異なります。

たとえば、筆者がよく行くシネコンのユナイテッド・シネマでは、年間500円で会員になると金曜日は1000円で観ることができます。通常は1800円なので、44%の値引きです。たとえ年に一回しか観なくても、会員になれば窓口料金よりも300円はお得です。平均入場料金が1200円台で推移しているのも、割引サービスがシネコン時代になってより盛んになったためです。1993年以降、映画の窓口料金は1800円のままですが、平均入場料金も1992年以降は1200円台で推移しています。この間の最高は昨年の1285円ですが、これは消費増税の影響です。

ふだん映画館に行かないひとにとって入場料金は高く感じられ、逆によく行くひとはそれほど高くないことを知っている――このギャップが、映画観客の新規獲得の障壁となっていることも確かでしょう。たとえば下の図は、筆者が日本の映画観客の割合を推定したグラフです。

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これからもわかるように日本で映画を観に行くひとは、全人口のほんの一部でしかありません。他国と比較しても、日本はひとりあたりの年間観賞回数は非常に少ないのです。世界でトップのお隣の韓国の4.12回(2013年)と比べると、三分の一以下の1.23回(同年)ほどにしか過ぎません。それでも世界第3位のマーケットを維持できているのは、人口が多く、単価(入場料金)が高いためです。

こうしたことを踏まえると、映画の窓口料金の高さは映画マーケット拡大において、ひとつの障壁になっているのではないか、と考えられるのです。しかし映画に限らず商品の値下げは簡単なことではなく、さらに日本は長いデフレ状況にあったためにこれ以上の値下げには踏み出せません。

ライトユーザーにとっての「映画は高い」──このイメージをいかに崩すかは、日本の映画業界にとってはひとつの課題ではないでしょうか。

※1……元大手映画会社社員は、FacebookにおけるYahoo!ニュースのコメントで、「配給会社に80%以上持ってかれたら手残りが少なくなって、興行会社は入場料の値上げをするのです」と述べている。

※2……読売新聞2003年10月9日朝刊「米大手映画配給会社の日本支社を排除勧告/公取委」。また、この一件の解説・分析は、公取委にも取材している斉藤守彦『映画館の入場料金は、なぜ1800円なのか?』(2009年/ダイヤモンド社)に詳しい。なお、99年以前の『インデペンデンス・デイ』と『タイタニック』も20世紀フォックス配給だったが、この2作は独禁法の対象とはなっていない。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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