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「表現の不自由展・その後」で「天皇を燃やした」と攻撃されている大浦信行さんに話を聞いた

篠田博之月刊『創』編集長
「表現の不自由展・その後」中止の掲示(綿井健陽さん撮影)

「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」中止事件は、その後、中止に抗議して作品を自ら撤去する作家が相次ぐなど、事態は収まりそうもない。事態の深刻さを重く見たのだろう。8月15日に芸術監督の津田大介さんが『あいちトリエンナーレ2019「表現の不自由展・その後」に関するお詫びと報告』と題する長文の見解を発表した。

https://twitter.com/tsuda/

 その中でひとつの特徴は、大浦信行さんの動画『遠近を抱えてpart2』について、かなり詳しく言及していることだ。中止騒動で焦点になったのは、平和の少女像と、大浦さんの動画だったから、そこを意識して経緯と見解を表明すべきと考えたのだろう。

 さて、その津田さんの分析も参考にしてほしいと思うが、ここでは、8月14日に私自身が大浦さんを訪ねてインタビューした内容を紹介しよう。この間、電話では何度も大浦さんの話を聞いており、下記の記事でも紹介した。

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190808-00137629/

「表現の不自由展・その後」中止事件と「天皇の写真を燃やした」という誤解

 今回、改めてインタビューしたのは、この天皇の像をめぐる騒動がねじれた方向に向かい、深刻な状況になりつつあるからだ。「天皇の肖像を焼いた」なる言説が独り歩きし、あるいはごく一部の切り取られた映像が拡散され、右翼によるテロも起きかねないような空気になりつつある。

 もともと大浦さんの代表作『遠近を抱えて』はかつて右翼の激しい攻撃にあい、一歩間違えればテロになりかねない事態に陥った経緯がある。そうした経緯の中でも大浦さんは自分の作品については一歩も妥協せずに、どういう思いで自分が作品を作ってきたかを説明してきた。これについては最近出版した拙著『皇室タブー』(創出版刊)で詳しく紹介しているが、今回の事態でとりあえずその本の中の大浦さんに関する章をヤフーニュース雑誌に全文公開した(もともとは『創』に掲載した記事だ)。

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190806-00010000-tsukuru-soci

 美術家・大浦信行さんと天皇コラージュ事件

大浦さんの作品『遠近を抱えて』
大浦さんの作品『遠近を抱えて』

 マスコミが記事にするのなら、まずそうした背景をきちんと押さえてほしい。今回、そうした本人の説明や過去の経緯を理解しようともせずに激しい攻撃が行われているのだが、大浦さんをかなり前から知る者として、この状況は放置できないと思った。言論や表現に対する暴力が行使されないよう、大浦さんがどんな思いで作品を作ってきたかを何度も説明する必要があると思った。

 例えば『週刊新潮』8月15・22日号は大浦さんへの取材内容を記事にしているのだが、肝心の作品についての大浦さんの説明はほとんど書いていない。大浦さんに聞いたら、これは電話取材だったという。こういう大事な局面で、しかも右翼陣営に多大な影響力を持つ同誌や産経新聞の報道が大きな意味を持つことを考えれば、せめてきちんと当事者取材を行ってほしい。

 そこで私は今回、敢えて大浦さんのところに足を運び、今回展示された20分の動画を丹念に見たうえで、本人にインタビューした。

海外の映画祭では優秀作品賞を受賞 

 今回、大浦さんが「表現の不自由展・その後」会場で流した映像は『遠近を抱えてpart2』と題するもので、大浦さんの前作の映画『靖国・地霊・天皇』の映像と、来年公開予定の次の作品である映画『遠近を抱えた女』のごく一部を合わせたものだ。映画は既に完成しており、海外の映画祭で公開されている。オランダでは優秀作品賞を受賞し、カメラマンも撮影賞を受賞したという。海外では純粋に作品として評価の対象になっているわけだ。

 ただ日本においてはそうはいかないことが今回の騒動で明らかになった。やはり天皇というのがそれだけ日本人の内面に大きなイメージを残しているからだろう。大浦さんの制作意図を無視して、天皇のコラージュを含む大浦さんの版画『遠近を抱えて』が燃えているシーンだけが断片的に取り出されて攻撃の対象になっている。長い作品のごく一部が切り取られて、しかも政治的文脈の中で指弾されるという、そのあり方を含めて、大浦さんと話した。

 以下、そのインタビューだ。

大浦 「表現の不自由展・その後」に展示した20分の動画は、前作の映画『靖国・地霊・天皇』の映像を中心に、来年公開予定の『遠近を抱えた女』の映像を少し加えたものです。

 それはさらに1986年に富山の美術展に出品した版画『遠近を抱えて』から続いている一つながりの作品なんです。同じ主題をずっと継続して描いてきたんですね。

 登場するのは従軍看護婦の女性で、出征する前の日に母親に別れを告げ、次は靖国で会いましょうと語る。これは実話をもとにしたもので、前作『靖国・地霊・天皇』の映像です。次の作品である映画『遠近を抱えた女』は既に海外の映画祭に出品しているのですが、同じ従軍看護婦の女性が主人公です。

 その女性に抱え込まれた「内なる天皇」、それを「昇華」させていくというのが、『遠近を抱えて』を燃やしていくシーンなんですね。そのシーンは1時間40分の映画の中ではごくわずかなのですが、今回の20分の動画にそこを含めたために、そこだけが取り出されて騒ぎになってしまいました。しかも、天皇制を批判するために燃やしたという全く誤った解釈がなされてしまったのですね。

 僕自身には天皇を批判するとか冒涜する意図は全くありません。僕自身の「内なる天皇」を従軍看護婦の女性に託して祈りを捧げるということなんです。

 だから撮影中もみんな真剣でした。今回のような騒動を予想しなかったし、映画全体を見てもらえばもう少しわかってもらえると思うのです。燃えているシーンだけを取り出して天皇批判の映像だという政治的文脈で捉えられるというのは、制作側の意図と全く違った伝わり方をしているとしか思えません。今までの僕の作品を見てくれていればもう少し理解してくれると思ったのですが、篠田さんはご覧になっていかがでしたか?

篠田 私はこれまでの作品も見ているし、大浦さんの「内なる天皇」という話も何度も聞いているので、そうなのかなと思って見ました。でもそのうえで敢えて言うと、普通の日本人ならやはり天皇が描かれたものが燃やされるというのは衝撃だとは思います。

大浦 それは日本人の中に天皇タブーがあるということですか?

篠田 それはもちろんあるけれど、それだけでなくて天皇のイメージというのはやはり日本人にとっては独特のものですよね。天皇の姿が燃えている映像には心がかき乱される思いをした人がいたとしても不思議ではない。特に一定年齢以上の日本人にとって昭和天皇のイメージは独特でしょう。

大浦 そうですね。昭和天皇は、帝国日本の統帥権を持った絶対的存在だったのですが、戦後は一転して象徴天皇という平和のシンボルになったわけで、こういう天皇は歴史的にも異例の存在でしょう。

篠田 映画は既に海外の映画祭で上映されているそうですが、今回のように天皇の肖像を燃やしたといった問題にはなっていないのですか?

大浦 海外の人たちは昭和天皇といってもわからないですよね。全く問題にもなりませんでした。

篠田 たぶん海外のプロの人たちは純粋に作品として見ているからでしょうね。でも日本人の意識の中では天皇というのは特別の存在だから、客観的な映像作品としては見られないのでしょうね。

大浦 海外の人の方が先入観を持たずに見てくれたと思います。

大浦さんの版画作品『遠近を抱えて』
大浦さんの版画作品『遠近を抱えて』

日本人そして自分自身にもある「内なる天皇」

篠田 「表現の不自由展・その後」の会場での感想は、「平和の少女像」は意外と好意的に見られていたようですね。『週刊新潮』によると「温かい気持ちになった」といった感想が多かったと言います。あの少女像は日韓の対立の中である種のシンボルになってしまったため、今回、一斉に反発が起きたわけですが、そういう政治的文脈を抜きにして会場で見た人の感想は違っていたわけですね。もともと少女像が問題になっていることはニュースで見たことはあるでしょうが、少女像そのものをほとんどの日本人は見ていないでしょうから。

 でも大浦さんの動画については、産経新聞によると「不快だ」「悪意に満ちている」という感想が多かったという。もちろんこれも産経新聞だから、記者が先入観を持って取材している可能性は大きいですよね。8月11日付の大きな記事だと、見出しが「不自由展 作品に『不快』批判」ですからね。明らかに一定の方向性を持って記事を書いている。

 ただ、日本人の中に、天皇に対する一定のイメージがあるから、反発する人がいた可能性はありますよね。

大浦 「不快」ですか。でもじっくり見てくれれば、従軍看護婦の話なんて胸を衝くでしょう。戦前はみなお国のために死んでいくという考え方を吹き込まれて育ったわけじゃないですか。その一人一人の内側に抱え込まれた「内なる天皇」ですよね。それを自分の中で意識した時に燃やすという行為が出てくるわけです。だから「祈り」なんですね。

 それは映像に出てくる特攻隊の人たちも同じだし、靖国の空に舞っている慰安婦たちも同じですよね。あの人たちも皇民化教育を受けてきたわけだから。その「内なる天皇」を見つめようということなんです。

 もともとは僕自身の「内なる天皇」を見つめようというのが一連の作品のテーマなんですが、この映像では従軍看護婦の女性にそれを託しているのです。『遠近を抱えた女』は1時間40分の映画ですが、その女性のシーンがほとんどです。

篠田 映画はもちろん公開されていないわけですが、今回の動画でさえ見ないで攻撃している人が多いわけですよね。会場で見た人だって、展覧会の会場で流れっぱなしの映像だから、じっくり見てテーマを考えるといったことになっていない可能性がありますよね。

大浦 本当は映画館でじっくり見ようという意識で見てもらったほうがよいとは思います。美術展で映像を流すというのは、どうしても断片的に見るから、燃えているシーンだけが印象に残って誤解されるかもしれないですね。一応テーマをひもといた解説も会場にはあるのですが、そこまでじっくり見ない人も多いですよね。

篠田 ネトウヨの人がそこのシーンだけを拡散して煽ったりすると余計誤解されますよね。

大浦 そこだけ見ると、反天皇のプロパガンダだという間違った見方をされる恐れはありますね。実際は全く違うんですが。

 そもそもそういうものだったらプロパガンダではあっても、多様性を持った「表現」にはならないですよね。

今回の中止事件を大浦さんはどう受け止めたか

篠田 今回の中止については大浦さんはどう受け止めておられるのですか?

大浦 「表現の不自由展・その後」のコンセプト自体は、僕は良かったと思っています。津田さんがそれをやろうとしたこと自体は評価すべきと思っています。ただそれが3日で中止になってしまったことは本当に残念です。

今、海外の作家たちが抗議して作品を撤去したりしていますが、日本の作家も、自分の展示物を拒否して抗議のメッセージを貼りだすとか、もっと意思表示をすればよいと思います。日本の美術家ってあまりそういうことをやらないでしょう。ばらばらですよね。

僕は以前、2014年に光州ビエンナーレ展で韓国の作家ホンソンダムが朴槿恵政権批判だという理由で展示拒否された時、それに抗議して自分の作品を撤去して、壁に抗議文を貼り付けました。日本の作家でそういう意思表示をする人ってあまりいないですよね。

 インタビューは以上だ。

 大騒ぎになっているにもかかわらず、作品を実際に見ている人はわずかで、攻撃している人自身も作品を見ていないというのが現状だ。あるいは長い作品の1シーンのみを取り出して問題にしている人も多い。芸術作品がこんなふうに扱われ、中止に追い込まれるというのは不幸としか言いようがない。そこで8月22日、私たちは多くの当事者をまじえて議論する場を設けた。ぜひ多くの人が参加して一緒に考え、議論してほしい。

緊急シンポ!「表現の不自由展・その後」中止事件を考える

8月22日(木)18時15分開場 18時30分開会(予定) 21時終了

文京区民センター3階A会議室 

第1部 出品していた美術家などによる「何が展示され何が起きたのか」

第2部 「中止事件をどう考えるのか」 会場からの発言 金平茂紀(TVジャーナリスト)/森達也(作家・監督)/鈴木邦男(元一水会)/香山リカ(精神科医)/滝田誠一郎(日本ペンクラブ言論表現委員長)他

詳細は創出版のホームページをご覧いただきたい。予約もその画面から受け付け中。

https://www.tsukuru.co.jp/

 前述した近著『皇室タブー』で詳しく書いたが、1961年、小説『風流夢譚』に対する攻撃がエスカレートし、中央公論社社長宅に押し入った右翼が家人を殺傷する事件が発生した、いわゆる「風流夢譚」事件である。今の言論表現をめぐる風潮は、一歩間違えるとその時の空気と同じものになりかねない。これまで皇室表現をめぐってどんな事態が起きていたか。大浦さんの事件を含めて拙著『皇室タブー』を参照いただきたいと思う。

 

 なおこの「表現の不自由展・その後」中止事件については既に何本も記事を書いている。流れをつかむために過去記事も掲げておこう。

「表現の不自由展・その後」中止事件で問われたことは何なのか   8/4

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190804-00136942/

「表現の不自由展・その後」中止事件と「天皇の写真を燃やした」という誤解   8/8

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190808-00137629/

「表現の不自由展・その後」中止めぐる「週刊新潮」「産経」の報道と緊急局面   8/14

https://news.yahoo.co.jp/byline/shinodahiroyuki/20190814-00138304/

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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