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また起こってしまった伊丹市の面会交流殺人事件――離婚直後の面会交流のリスク

千田有紀武蔵大学社会学部教授(社会学)
(写真:アフロ)

立て続けに起きる面会交流殺人

兵庫県伊丹市で、面会中の娘が殺され、その父親も首を吊って死亡しているのが発見された。面会時間が終わっても連絡が取れない元妻が心配して、警察に連絡したことから発覚した(面会日に無理心中か=4歳娘と、別居の父親―兵庫)。

今年1月も長崎県で、面会交流中に子どもを元夫宅に連れて行った元妻が、殺害された事件があったばかりである(長崎ストーカー殺人、元妻はなぜ夫に子どもを会わせに行ったのか?)。なぜ立て続けにと、首をかしげる人も多いかもしれない。

面会交流を促進しようとする裁判所

しかしこれは、偶然の一致ではない。2011年に民法766条が改正され、離婚時に「子どもの利益を最も優先して考慮」して、親権と養育費とともに面会交流も取り決めることになった。家庭裁判所は人員不足である。また事件の処理の迅速化を求められているといわれている。こういった事情から、裁判所は面会交流の原則実施論に舵を切った。DVがあっても子どもには無関係であると面会交流が決められ、虐待を主張しても、かなりの物証が求められて、なかなか認められない。

例えば調停では、以下のような事例が報告されてる。

非監護親の DV により保護命令が発令され、住所を隠して住んでいるにも関わらず、調査官が「子と非監護親との良好な関係を築くのも監護親の役目」などと面会交流実施を強く説得したりする事例

同居しているときに DV があり、子どもと引き離そうともされていたので、子どもも会いたがっていなかったのにも関わらず、調査官が親にきちんと事情を聴いたり、子どもの気持ちを聞いたりなど何もせずに、監護親に対し、大声で執拗に面会交流の条件提示を求めた事例

(引用先をやさしい言葉で言い換えました)。

出典:『シンポジウム 子の安心・安全から面会交流を考える』基調報告書 日弁連両性の平等に関する委員会第3部会

暴力がある場合ですらこうなのであるから、ない場合でももちろん、まず面会交流を執拗に求められる。離婚、生活費、養育費などで相談に行っても、元々の相談を放ったらかしにして調停をしながらでも面会交流をするよう、調査官や調停委員にかなり強く求められるという声はよく耳にする。

離婚の前後、気持ちが荒れているときのリスク

しかしまずもってこれは危険である。長崎の件も、離婚後数か月しかたっていない面会交流の際での殺人事件だった。そして今回の事件も、離婚後初めての面会交流だったという(父親が4歳長女殺害し自殺か 離婚後初めて面会の日)。

できるだけ、別居親に会えなくなる日数を減らそうということなのだろうが、離婚前後はお互いに気持ちも生活も落ち着いていない時期である。そのようなときに面会交流をおこなうことに危険が伴うことは、素人でも理解ができる。

以前、面会交流の事情を話してくれた田中道代(仮名)さんが、こう語ってくれたことがある。

離婚は家族の終わりです。そのことをまず受け入れなければ。そして裁判所は、誰も求めてもいなかった面会交流を押し付けるのを、やめて欲しいです。争いを激化させるだけだと思います。

出典:支援があっても、「危険」は回避できない―監視付き面会交流は、子どもの利益か?

この田中さんの感想に、SNS上で激しい批判をぶつけてくる人がいた。しかしやはり、離婚は家族の終わりである。親子の関係は、終わらないが、それまでの家族の関係は終わりである。

面会交流を強く求める人の意見のなかに、しばしば「また家族4人で笑いあいたい」というものがよく見られる。しかしこういった気持ちをもっているならば、面会交流はうまくいかないだろう。面会交流は、終わった家族から――ある弁護士さんの言葉を借りれば「負債を抱えたマイナスからのスタート」から、新たな関係をつくる作業である。いかに自分の気持ちを制御して、「親」としての関係を子どもとの間につくっていくのかという課題を、こなさなければならない。

そのためには、ある程度の時間や勉強が、双方の親に必要なのではないだろうか。裁判所がすべきことは、当事者たちが求めてもいない(田中さんのケース)面会交流を押し付けることではなく、別れた家族の関係において親になることはどういうことかを啓蒙することなのではないのだろうか。そのためのサポートこそが、必要である。

日本では支援も介入もないままに、わずかな面会交流をサポートする第三者機関があるだけで(しかも利用料は高額であり、裁判所に紐づけられているわけでもなく、すべての都道府県にあるわけでもない)、取り決めの結果にも関与しない裁判所が、当事者たちに面会交流を命じるだけである。今後このような事件をどう防ぐことができるのか、不安が募る。

安心・安全な面会交流を

もちろん、今回の殺人事件が裁判所で取り決められたかどうかは不明である。しかし、面会交流の責任を同居親に負わせる親子断絶防止法案が国会に提出されるかもしれなかったり、100万円もの面会交流不履行の間接強制(罰金)のニュースが騒がれたりしているなかで(娘との面会拒否、1回100万円の支払い命令 東京家裁)、面会交流の「圧力」は、日々高まってきてはいないだろうか。

アメリカでは年間平均、70件ほどの子どもが面会交流によって殺される事件がある。過去のニュースで引用したが、オンタリオのウエスタン大学のペーター・ジャフィー教育学部教授によれば、父親の子殺しの動機は「復讐」であるという。

「調査によれば、父親は一般的にパートナーが去っていったあとに、復讐から子どもを殺害する」

「関係から去っていった母親へ最大の復讐は、一番大事に思っているひとを殺すこと、つまりは子ども、子どもたち殺害することです」

出典:Parents who kill their children: Why would someone do the unthinkable?

これは母親が、産後鬱などからくる育児ノイローゼによって子どもを殺害する傾向があるのとは、また異なっている。もちろん、この伊丹市の事件がそうだというのではない。しかし、面会交流を迎えに来た母親が父親と子どもの死亡を知るという、アメリカではよく「ありふれた」事件が、日本でも起こりつつあることに、戦慄を覚える。

子どもを失った母親が、気の毒である。殺害された子どもさんも、もちろん気の毒である。そして、もう二度と子どもに会うこともできず、子殺しの加害者だと疑われる父親も気の毒である。この時期に会わなければ、この時期をやり過ごしていたら、これからも子どもと楽しく面会交流を続けられたのかもしれないと、個人的には思ってしまう。

面会交流は多くの場合、素晴らしいものである。しかし子どもが殺されないために、私たちは何をすべきか考えるべきであるし、それは社会的な課題でもあるのではないか。

武蔵大学社会学部教授(社会学)

1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』、『女性学/男性学』、共著に『ジェンダー論をつかむ』など多数。

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