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サウジアラビアで初めて日本人騎手として勝利した武豊が、レース翌朝に語った事とは

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
サウジアラビアで日本人騎手初勝利をあげた武豊。鞍下はフルフラット

スタート直前、3歳馬を襲った思わぬアクシデント

 日本のナンバー1ジョッキーがまたやってくれた。

 2月23日の東京競馬で、キックバックされた芝の塊が顔面を直撃。「ゴーグル3枚が割れた」(武豊)その衝撃で、右目の周辺に痣が出来た。そんな見た目の痛々しさとは対極にある笑顔が、中東の夜空の下で披露された。

サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場入りした際の武豊
サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場入りした際の武豊

 現地時間2月29日、サウジアラビアのキングアブドゥルアジーズ競馬場。世界最高賞金レースのサウジCに加え、伴って行われた他のレースも合わせ計4つの競走に5頭の日本馬が出走。そのうち武豊が騎乗した2頭はそれぞれ1着、2着と好走してみせた。

 この日の第6レースに組まれていたのがサンバサウジダービー。ダート1600メートルの3歳限定戦で天才ジョッキーが手綱を取ったのはフルフラット(牡3歳、栗東・森秀行厩舎)。昨年の秋にはアメリカのブリーダーズCジュベナイル(G1)に挑戦したこの馬は、レース3日前の水曜日の朝に現地で最終追い切りを行った。同じ森厩舎のマテラスカイとの併せ馬。その時、武豊が騎乗したのはマテラスカイの方だった。しかし、その鞍上から併せたパートナーの動きをみたナンバー1ジョッキーはその軽快さに状態の良さを感じ取っていた。

 「フルフラットには体重の軽い見習いの子が乗っていたという事もあるけど、それにしても良い動きでした。相当、状態が良いのだと思います」

レース3日前の最終追い切り。左が武豊騎乗のマテラスカイで右はフルフラット
レース3日前の最終追い切り。左が武豊騎乗のマテラスカイで右はフルフラット

 アクシデントに見舞われたのはレース直前の事だった。ゲート裏で下馬しているシーンがターフヴィジョンに映し出されると、現地で見守っていた日本人を中心にざわめきが起きた。

 「係員が強引に馬を引っ張ったので頭絡が外れてしまいました」

 アウトオブコントロール。ただ馬の上に乗っているだけとなった武豊は咄嗟に飛び降りた。

 「無意識に左前脚を持ち上げて馬の動きを制御しました」

 30年以上前の競馬学校で教わった事が時と空間を大きく隔てて生きるとは思ってもみなかった。

 「長い間、ジョッキーをやっていますけど、スタート直前に蹄の裏を見たのは初めてです。『あぁ、こんな蹄鉄を履いているんだ……』という気持ちで見ていました」

 「焦った」と言うジョッキーだが、放馬を免れた事で余裕が出たか、ターフヴィジョンに映し出された姿からはそんな心情を汲み取る事は出来なかった。ステッキを使って蹄の裏を掃除する様が映されたのだ。これを大画面越しに見ていた森は、後に笑顔で語っている。

 「武君が下馬した時は『え?』って思ったけど、脚を持ち上げて逃がさないようにしているのを見た時、『あ、良い“厩務員”がいてくれて良かった』って思いました」

森調教師(左)と
森調教師(左)と

日本人騎手としてサウジアラビア初勝利!!

 レースは1頭が取り消して13頭立て。フルフラットは大外枠からの発走だった。アメリカのブリーダーズCジュベナイルではスタートで躓いたが、今回は好発を決めるとスッと好位を確保。左前には1週前のドバイで戦ったダウンオンダバイユーがいた。

 「(セランで挑戦した)ドバイでは千切られてしまった相手だったので、離されないようについていこうと思いました」

 そこで嬉しい誤算が待っていた。離されるどころか贔屓目に見てもダウンオンダバイユーよりフルフラットの方が好手応えで走っていた。いや、ダウンオンダバイユーだけでなく、どの馬よりも凄い手応えで鞍上が引っ張っているフルフラットの姿がそこにあった。

 「スタート後300メートル過ぎくらいからはモノ凄い行きっぷりでした」

 4コーナーをカーブしながら早々に先頭に立った。「多少早いか?!」と思ったが、前日の騎手招待競走でこのダートに4回騎乗していた経験則から「少々早くても良いだろう」と無理に抑える事はしなかった。

前日には騎手招待競走に招待され4レースに騎乗した。その際の一葉
前日には騎手招待競走に招待され4レースに騎乗した。その際の一葉

 この判断が正解だった。フルフラットはセーフティーリードを保ち、サウジアラビアという日本馬にとって未開の地をかき分けるように先頭でひた走る。その鞍上で大ベテランは鞭を左から右へ、そして再び左へと持ち替えた。

 「まだフラフラする面があるし、モノ見もしていたので持ち替えました」

 結果、2着馬に2と4分の1馬身差をつけ1分37秒91の時計で日本馬として、そして日本人騎手として初めてサウジアラビアのゴールを先頭で駆け抜けると、武豊は車載カメラに向かって指をさすガッツポーズをみせた。

見事に先頭でゴールを駆け抜けたフルフラットと武豊
見事に先頭でゴールを駆け抜けたフルフラットと武豊

 「ディアドラが惜しい負け方をしていた事もあり、他の日本馬の陣営も皆、喜んでくれました。一つは勝ちたいと思っていたから、僕自身も嬉しかったです」

 祝福してくれたのは日本人関係者ばかりではなかった。2001年に武豊をフランスへ呼び寄せたジョン・ハモンド元調教師も、勝利ジョッキーの元へ駆け寄り抱擁をかわしてきた。ハモンドは自らの馬がG1を勝っても喜びを前面に出すようなタイプではない。にもかかわらず武豊の勝利には、全身を使って祝ってくれたのだ。

武豊をフランスにいざなってくれたJ・ハモンド元調教師は全身で喜びを表現しつつ祝ってくれた
武豊をフランスにいざなってくれたJ・ハモンド元調教師は全身で喜びを表現しつつ祝ってくれた

マテラスカイも善戦し、トップジョッキーが語った言葉とは……

 今回、遠征した5頭の日本馬の中では最も注目度の低かったフルフラットを一気に主役へと躍り出させた武豊は、続くサウジアカップ(スプリント)ではマテラスカイ(牡6歳、栗東・森秀行厩舎)に騎乗した。レースが連続していた事もあり、勝負服を着替える事もせず臨んだこのレースでは、スピード自慢のアメリカ馬をも従えて果敢にハナを切った。

 「持ち前のスピードを生かして後続に差をつけて、最後は“ゴールまで辿り着くのが先か?後続馬が届くのが先か?”というのがこの馬の走り。自分の競馬は出来ました」

 後続を振り切ったかと思える場面も作ったが、最後は外枠(13頭立ての12番)で前半に脚を使わされた分、いっぱいになった。それでも日本の快速ダート馬を捉える事が出来たのはただ1頭のみ。3着以下は振り切って2着でフィニッシュしてみせた。

果敢に逃げたが惜敗の2着となったマテラスカイ
果敢に逃げたが惜敗の2着となったマテラスカイ

 前例も無ければサンプルも皆無だった地で、2頭に騎乗して1着と2着。負けて当たり前の海外遠征で、この成績は称賛されてしかるべき結果だったと言えるだろう。

 そんな好結果に導いた天才騎手は、次のように語る。

 「2頭共これが初めての海外ではありませんでした。フルフラットに関しては2歳でブリーダーズCに出走していますからね。森調教師の発想に驚かされるわけですけど、実際にその経験が生きているのは間違いありません。何事にもトライする気持ちの強い森調教師の馬で勝てたのは嬉しいです」

 今後、2頭は揃ってドバイへ転戦する。そしてその結果次第では再びアメリカへ飛ぶ可能性がある。フルフラットはアメリカで“最も偉大な2分間”と称されるケンタッキーダービー(G1)へ挑むプランもある。今回が16カ国目の騎乗で、また一つ日本人騎手初という勲章を手にした男は、偉業達成翌朝のホテルの一室で、噛みしめるようにして、語った。

 「何事も動かない事には始まりません。気負うつもりはないけれど、これからも世界へ挑み続ける姿勢を変える気はありません」

レース翌朝、宿泊先のホテルの部屋に、ホテルの支配人から花束が届いた
レース翌朝、宿泊先のホテルの部屋に、ホテルの支配人から花束が届いた

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

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