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アフターコロナの飲食業界。20代の注目経営者が語る、生き抜くために僕らがやること

笹木理恵フードライター
飲食業界の働き方改革にも挑む「ビストロプラン」※画像提供/PLEIN

1ヵ月以上に及んだ緊急事態宣言が解除され、新しい生活様式下での生活が始まった。晴れて営業を再開する飲食店も多いと思うが、飲食店にとっての危機はまだ続いている。緊急事態宣言解除後の外食頻度についての調査(※1)では、「緊急事態宣言解除前より減る」が46%、次いで「緊急事態宣言解除前より少し減る」が24%で全体の70%を占めるという結果もあり、感染リスクを恐れる人は少なくないようだ。また飲食店側でも、営業時間や客席数を絞っての営業に加え、消毒の徹底など従業員の負担増、さらに、インバウンドや宴会利用の減少など、依然として厳しい状況が続くことが予想される。連日、飲食店の厳しい状況がメディアで報道されることで、以前から深刻化していた業界の人手不足問題がさらに悪化するのでは、という懸念もある。だが一方で、この戦いを長期戦と見据え、テイクアウトやデリバリーなど、新たな販路を見出して奮闘している飲食店もある。

思いきった約2ヵ月の休業判断。オンラインショップを新事業の柱に

生産者の顔が見える素材を使い、遊び心も取り入れた料理に仕立てる。写真は名物「溢れる有機野菜のグラスパフェ」※画像提供/PLEIN
生産者の顔が見える素材を使い、遊び心も取り入れた料理に仕立てる。写真は名物「溢れる有機野菜のグラスパフェ」※画像提供/PLEIN

東京・表参道に2017年9月に開業した「Bistro plein(以下、ビストロプラン)」。厳選した素材を使い、確かな技術と遊び心を備えた料理、そしてフレンドリーで上質なサービスが評判の人気店だ。オーナーの中尾太一氏は、星野リゾートの「軽井沢ホテルブレストンコート」から料理人のキャリアをスタート。入社3年で異例の統括本部に抜擢。その後、「スープストックトーキョー」などを展開するスマイルズで業態開発や商品開発、店舗運営などを経験し、25歳で独立を果たし、現在独立起業して4年目を迎える。

2月にオープンした麻布十番店。フルオープンの厨房を囲むように客席をレイアウトし、距離の近いサービスを行う。※画像提供/PLEIN
2月にオープンした麻布十番店。フルオープンの厨房を囲むように客席をレイアウトし、距離の近いサービスを行う。※画像提供/PLEIN

人を大事にする企業で働いてきた中尾氏がミッションに掲げるのが、「外食産業を憧れる仕事に」。「飲食業=ブラック」というネガティブな業界イメージを変えるべく、ランチなし・週休2日・全員正社員、という営業体制を実現。開業当初こそ集客に苦労したものの、連日予約で埋まる人気店に育て上げた。今年2月16日には、麻布十番に2号店を出店。さあこれから、という矢先に、日本にも新型コロナウイルスの脅威が迫ってきた。3月以降、「ビストロプラン」は以下のような決断を下し、緊急事態宣言解除を受けて6月4日からの営業再開を決めている。

  • 2月16日 麻布十番に2号店を開業
  • 3月初旬 コロナの影響が少しずつ両店舗へ。店舗が営業できなくなる最悪の事態を考え、オンラインショップの商品開発を開始。必要許可の申請
  • 4月9日 緊急事態宣言発令前に決定していた完全休業体制に。オンラインでの販売体制構築に向け、社内リソースを全投下する事を決断
  • 4月20日 休業に伴い廃棄の危機にある提携農家の野菜2000kgを自社で買い取り、オンライン限定でキッシュを販売 。僅か10日で1500個のキッシュを販売し、野菜を全て使い切る
  • 4月26日 店舗の人気料理を商品化したオンラインショップをオープン
  • 5月1日 緊急事態宣言延長に伴い休業延長を決定
  • 5月18日 医療現場へキッシュを贈る支援プロジェクト開始
フレンチの技術と、契約農家の野菜をたっぷり詰め込んだキッシュ。全国から注文が入ったという。※画像提供/PLEIN
フレンチの技術と、契約農家の野菜をたっぷり詰め込んだキッシュ。全国から注文が入ったという。※画像提供/PLEIN

新型コロナの危機による対して、社会の一員としてやるべき事の選択と集中を行い、「従業員」「顧客」「取引業者」のために、経営資源を投下する方針を3月に決定。従業員には3月の時点で平時の100%の給与3ヵ月分を前払いし、どんな状況になっても金銭的な不安がなく働ける環境を担保。顧客には感染防止のため店舗の完全休業をいち早く決定した上で、店舗の味を自宅で楽しんでもらえるように、冷凍技術・衛生環境の担保された精肉業者と業務提携する形で、店舗の人気商品のオンラインショップでの販売を行った。取引業者の契約農家からは、廃棄の危機にあった野菜2000kgを買い取り、冷凍状態で美味しいキッシュを商品開発して販売することにした。

「他のお店様もテイクアウトやネット販売を実施しているので、僕らはフレンチの職人としての強みを活かせるキッシュ1品に絞った方が、オペレーションもスムーズで高品質なものをリーズナブルに提供できると考えました。キッシュはレシピが複雑で、野菜以外にも肉や乳製品など他の取引業者様の材料も大量に使うことができますし、衛生面を考慮して冷凍状態で販売しても品質が落ちにくいなど数多くのメリットがありました」(中尾氏)。SNSでの告知が中心だったが、全国から注文が入り、10日間で1500個を販売。予想以上に販売できた分を何かの形で世の中に還元したいと考え、5月18日には、キッシュを2個購入してもらい、1個を医療従事者へ、1個を支援購入者へ届けるという“美味しいをシェアする。医療支援プロジェクト”を実施。僅か1日で244個の支援を集めた。

店舗の人気料理を自宅で楽しめる商品を、衛生環境が担保された精肉業者と共同開発。個包装にして冷凍で発送し、自宅で好きなタイミングで楽しめるようにした。※画像提供/PLEIN
店舗の人気料理を自宅で楽しめる商品を、衛生環境が担保された精肉業者と共同開発。個包装にして冷凍で発送し、自宅で好きなタイミングで楽しめるようにした。※画像提供/PLEIN

休業により、4月の店舗の売上は、前年比90%減。代わりに新たな事業の柱として立ち上げたのが、シャルキュトリー(食肉加工品)のオンラインショップだ。販売するのは、パテ、リエット、ソーセージなど8品。上述のキッシュは内製しているが、シャルキュトリーの製造は信頼のおける精肉業者に依頼し、個包装・冷凍状態で販売する。外食が制限される中、家でちょっと贅沢を楽しみたいニーズにはまり、売上げは好調に推移。投資額を回収し、事業継続の光が4月末には見えてきたという。

アフターコロナ、ウィズコロナの飲食業界を救う「シェア」の概念

お家で楽しむレストランを提案した「Bistro plein ONLINE SHOP」のイメージ例。※画像提供/PLEIN
お家で楽しむレストランを提案した「Bistro plein ONLINE SHOP」のイメージ例。※画像提供/PLEIN

コロナ危機に対して「多くの被害はあったが、食を強みとした中小企業だからこそ出来る事を考え、“選択”と“集中”をし、スピード感を持って変化に対応したことで最悪の状態を回避できた」と中尾氏。コロナの影響は今後2~3年は続くと中尾氏は予測しており、「また異なるウイルスや天変地異に襲われるかもしれない」と危惧する。「最も恐れるべきは、そうした危機に対して何も備えがない状態。新型コロナは、備えがなかったからしんどかった。また同じような危機が来ることも想定して、業界全体で寄り添っていくべき」と語る。「これから業界内はもちろん、思いがけず生まれた異業種の交流も含め『出来る事をシェアする』という考え方が、ますます重要になるのではないでしょうか」(中尾氏)。今後は、SNSなどによる情報のシェアのみならず、例えば、食材のシェア、ノウハウのシェア、物件のシェアなども広まっていくかもしれない。

代表の中尾氏(写真右から2番目)ほか、スタッフはみな正社員。直近2年間の離職者はゼロ、飲食店では珍しい完全週休二日制・年間休日111日を達成している。※画像提供/PLEIN
代表の中尾氏(写真右から2番目)ほか、スタッフはみな正社員。直近2年間の離職者はゼロ、飲食店では珍しい完全週休二日制・年間休日111日を達成している。※画像提供/PLEIN

現在中尾氏は、ウィズコロナに特化した業態開発も進めているという。「コロナの渦中でも売上げを伸ばしていたのは、もともとテイクアウトに強い業態でした。レストランも、この先1年くらいは『お家で楽しむ』ことを提案できるようにしなければと考えています。我々のように自己資金を元手にやっている小さな会社は、潤沢に資金がある訳でもなく、この状況下での投資は正直怖いと思います。ただ、有事の時こそ新たな環境に適応しながら、『食を通じて幸せを創る』という本質的な役割への投資は恐れずどんどんしていくべきだと考えています。とにかくたくさん失敗しながら、前進していきたいです」(中尾氏)。

宿泊業や観光業、イベント業など打撃を受けている業界が多数ある中で、飲食業界の危機を取り上げるメディアが目立ったのは、それだけ飲食業が多くの人にとって日常に欠かせない身近な存在で、関心も高いからであろう。冒頭では、飲食店の利用を不安に思う声を紹介したが、逆に緊急事態宣言が解除されたら「外食したい」と楽しみに待っていた消費者も多いはずだ。先が見えない現在、飲食店にも利用客にも慎重な判断が求められるが、多様な日本の食文化を守るためにも、飲食業界は変化への柔軟な対応力をもってこの苦難を生き抜いてくれると信じている。

※1 株式会社GEEK WORKSによる「緊急事態宣言解除に向けた食生活の変化」〈調査対象:全国の10代~60代以上の男女/回答数:1,010名/調査期間:2020年5月15日(金)~18日(月)〉より引用

フードライター

飲食業界専門誌の編集を経て、2007年にフードライターとして独立。専門誌編集で培った経験を活かし、和・洋・中・スイーツ・パン・ラーメンなど業種業態を問わず、食のプロたちを取材し続けています。共著に「まんぷく横浜」(メディアファクトリー)。

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