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観るべき映画を選ぶポイントは「観客賞」? この夏、傑作が続々…

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『ベイビー・ドライバー』 8月19日公開

映画の宣伝には、何かと「●●賞ノミネート」「●●映画祭 ●●賞受賞」などというコピーが躍ることがある。世界中には、数えきれないほどの映画祭、映画賞があるので、何も受賞していない作品を探す方が珍しいくらい。なので、あまり当てにできない宣伝文句ではあるのだが、7〜8月に公開される作品で、「傑作」に共通するものがある、それは「観客賞」という栄誉だ。

その名のとおり、映画祭でプロの審査員ではなく、一般の観客の投票で決められる賞。ちょっと“盛って”表現すれば、映画ファンが「素直な気持ちで楽しめた」作品、ということになる。

この観客賞、なかなか侮れない存在だ。トロント国際映画祭での観客賞は、翌年のアカデミー賞の本命になったりもする。

2016年『ラ・ラ・ランド』 →アカデミー賞作品賞候補

2015年『ルーム』 →アカデミー賞作品賞候補

2014年『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』→アカデミー賞作品賞候補

2013年『それでも夜は明ける』→アカデミー賞作品賞受賞

2012年『世界にひとつのプレイブック』→アカデミー賞作品賞候補

2011年『Et maintenat, on va ou?』

2010年『英国王のスピーチ』→アカデミー賞作品賞受賞

2009年『プレシャス』→アカデミー賞作品賞候補

2008年『スラムドッグ$ミリオネア』→アカデミー賞作品賞受賞

と、ものすごいほどの影響力! 同じように『セッション』などを選出したサンダンス映画祭の観客賞も大きな注目を集める。

世界中の映画祭を眺めると、「観客賞」も数えきれないほど存在するので、もちろん当てにならない部分もあるが、それにしても近々日本で公開される「思わぬ傑作」が、どれも観客賞受賞作なのは偶然でもなさそうだ。

ます取り上げたいのが……

ベイビー・ドライバー』(8/16公開)

SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)映画祭 観客賞受賞

SXSWはテキサス州のオースティンで音楽祭として始まったが、94年から映画祭も開催し、年々業界での注目度が高まっている。

この『ベイビー・ドライバー』、すでに観た人の間で絶賛の嵐! 映画批評サイトのロッテントマトでも98%(6/27現在)という異例の好記録。おそらく年末の賞レースにも絡んでくるだろう。

監督は『ホット・ファズ-俺たちスーパープリスメン!-』などのエドガー・ライトなので、映画ファンにとってこの高評価は当然の結果。主人公は「ベイビー」という名の天才ドライバー。犯罪組織に雇われ、銀行強盗などに同行して、無敵の運転テクで逃走する。これだけでも十分に面白いプロットだが、ベイビーのキャラが異様なまでに魅力的。子供時代の事故が原因で、つねに耳鳴りが続く彼は、イアフォンで音楽を聴くことでその耳鳴りを抑えている。この映画が特殊なのは、ベイビー彼が聴いている音楽が、そのまま映画の音楽として流れ、その音楽に完璧に合わせて映像が編集されたりしている点。とにかく観ていて「カッコいい」のである! 曲の歌詞とドラマのシンクロ(まるでミュージカル!?)や、どこか懐かしいテイストのベイビーとウェイトレスの切ないラブストーリー、犯罪者たちを演じるクセ者名優たち(ケヴィン・スペイシー、ジェイミー・フォックス)の怪演……と、あらゆる要素がここまでピタリをはまる映画の奇跡は、年に何回も起こるものではない。観た後の爽快感も格別な一本なのだ。

そして間もなく公開を控えるのが

しあわせな人生の選択』(7/1公開)

ポーランド国際映画祭 観客賞受賞

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設定は、よくある“終活”のストーリーだ。スペインのマドリードで暮らす、ガンが進行した中年男性と、はるばるカナダから彼を見舞いに来た親友の4日間が描かれる。しかしこの映画、ほとんど「お涙頂戴」のあざとさが皆無。ベタベタの感動を求める人には、ちょっと物足りないかもしれない。でも、自分の死を間近に感じた人や、それを見つめる周囲の感情は、じつはけっこう冷静だったりする。そんな日常のやさしさ、あるいは、わがままな行動も見つめ、「じわじわ感動が押し寄せる」タイプの作品なのである。終活で最も重要になってくるのが、飼い犬の里親探し。ワンコの名演技が、これまた愛おしい。そしてラストシーン。死にゆく親友との関係を描き、これほどまで心温まる結末は……と、幸福な余韻に浸らせてくれる逸品。

本国スペインのアカデミー賞であるゴヤ賞では、作品賞など最多5部門で受賞を果たした。

最後に東京から発信されたのが、

ダイ・ビューティフル』(7/22公開)

東京国際映画祭 観客賞受賞

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昨年の東京国際で、観客に熱く受け入れられたフィリピンの作品。ここ数年、フィリピン映画の躍進はめざましいが、その中でも本作が注目に値するのは、主人公がトランスジェンダーである点だ。しかも、あこがれのミスコン女王に選ばれた直後の、「死」から物語がスタートする。なかなか野心的な作りながら、ユーモアたっぷりの死化粧が登場したりと、映像的なサービス精神も満点。その一方で、主人公の過去の運命が、セクシュアリティを超えて、あらゆる観客のハートをつかむ力強さに満ちている。

その他にも

8/5公開『夜明けの祈り』 フランス映画祭 観客賞

9月公開『わたしたち』 東京フィルメックス 観客賞

などが控えるが、観客賞受賞の作品は高確率で、忘れがたい体験をもたらすと断言したい。超大作、話題作が多いサマームービーのシーズンだが、ぜひ今年は、観客賞の映画をスクリーンで体験してもらいたい。

『ベイビー・ドライバー』

8月19日(土)、全国ロードショー

配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

『しあわせな人生の選択』

7月1日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか 全国順次ロードショー

配給/ファインフィルムズ

(c) IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015 

『ダイ・ビューティフル』

7月22日(土)、新宿シネマカリテほか 全国順次ロードショー

配給/ココロヲ・動かす・映画社○

(c) The IdeaFirst Company Octobertrain Films

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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