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日本でも大ヒットも、好き/嫌いの反応がある『ラ・ラ・ランド』現象。賛否の分かれ目は?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

2月24日に公開され、2週目の週末を終えて早くも興収15億円、観客動員100万人を突破。アカデミー賞授賞式のニュースが追い風になったとはいえ、『ラ・ラ・ランド』は予想を超えた大ヒットを記録している。たしかに、タイトルの特殊な響きや、とびきりロマンチックなビジュアルなど、食いつく要素は多い。しかし、アニメやアクション大作以外のハリウッド作品、しかもアカデミー賞に絡んだ作品が、ここまで数字を伸ばしているのは、ちょっとした「事件」でもある。

この『ラ・ラ・ランド』、日本での公開前、マスコミの反応は全体的に高評価だった(アメリカの映画批評サイト、ロッテントマトでは現在も批評家、観客双方とも高い数字を示している)。最初に観ていた海外のジャーナリストたちから絶賛の声が聞こえてきて(ふだん映画の趣味があまり合わない友人も賞賛してました!)、期待値が上がったなかで観た筆者も、映画が始まるやいなや、その世界に入り込み、素直に傑作だと認めることになった。しかし同時に、いくつかの違和感もあったので、アカデミー賞に絡んで話題になっても、観客によっては受け入れない人もいると思ったし、日本で爆発的なヒットにはならないだろうとも思っていた。事実、日本のマスコミでも、絶賛の嵐の中で、「そこまでの傑作か?」と疑問を投げかける批評もいくつか出ていた。

そして実際に劇場公開されると、筆者のまわりで観た人の感想や、SNSの反応は、おおむね好評ながら、戸惑いや、否定的なものも目立っていた。『君の名は。』や『シン・ゴジラ』のように社会現象になるほどのヒット作では、当然のごとく否定的なコメントも出てくる。『ラ・ラ・ランド』は、そこまでの大ヒットにならないにしても、素直に傑作と認められない要因がいくつかあるようだ。そのあたりをまとめてみた。

※これから観る人のために、ネタバレになる箇所には注意書きをつけます。

そもそも、これはミュージカルなのか?

一応、ジャンルは「ミュージカル」である。しかし、この『ラ・ラ・ランド』、冒頭に立て続けにミュージカルナンバーはあるものの、その後は歌やダンスのシーンがぱったりとなくなってしまう。通常のミュージカル映画に比べると、圧倒的に少ない歌とダンスに物足りなさを感じる人もいたことだろう。実際に多くの人が比較しているのが、近年のミュージカル映画として実は大傑作の『ヘアスプレー』で、ミュージカルとしての昂揚感を期待すると『ラ・ラ・ランド』は、やや肩すかしをくらう。かと言って、『レ・ミゼラブル』のように歌のパワーで感動させるわけでもない。ミュージカル映画の傑作は、歌やダンスのシーンが一瞬にして「非現実」となって観客を誘い込むが、『ラ・ラ・ランド』の場合は、そのあたりの現実と非現実の境界が曖昧で、そこがダメだったと指摘する声も聞いた。しかし、その点が逆に、コテコテのミュージカル映画が苦手な人もすんなり世界に誘い込んでいるとも言えそう。

そしてダンスに関しては、主演2人は、お世辞にも超絶テクニックとは言えない。ここも『ヘアスプレー』など、ダンスが見どころのミュージカル映画との大きな違い。振付自体はそれほど難しくなく、主演2人も健闘しているものの、IMAXで観た人は「大画面だとダンスの粗が目立つ」と指摘していた。そんな“ヘタウマ感”は親近感を誘い、口当たりの良さにもなっている。

こうしたミュージカル映画としての物足りなさを補って余りあるのが、楽曲の素晴しさである。映画を観た後、サントラをヘビーローテーションしているという人も多数。作品全体がイマイチと感じても、曲だけはいつまでも耳に残る。オリジナルの作品として、ここまで名曲を生んだ点は、多くの人が評価している。

オマージュの受け止め方

映画ファン、とくにミュージカル映画ファンにとっては、過去の名作からの引用が散りばめられていることで、その発見の楽しみはもちろん、名シーンからの引用なので、当然、観客を魅了する効果は絶大。そんな演出に関して、名作の「いいとこ取り」」と指摘する批評は、日本で公開される前からあちこちで書かれていた。デイミアン・チャゼル監督のこの手法を、素直にオマージュとしての巧みさと受け止められれば、『ラ・ラ・ランド』の評価は高くなるはず。ちなみに筆者は今のところ2回観ているが、2回目は冷静に映像を追うことで新たな発見の喜びがあった。

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ストーリーのツッコミどころ

※ネタバレもあります。

ここがいちばん、賛否の分かれるポイントかもしれない。冷静に観ていると、けっこうツッコミどころが多いストーリーなのである。

そもそも主人公2人の、おたがいへの感情の高ぶりに、あまり説得力はない。まぁ惹かれ合う理由は説明されなくても、ラブストーリーとしては成立するのだが……。プラネタリウムでヒロインの体が宙に浮くなど、その高ぶりはイメージとして伝えられ、そこにすんなり感情移入できるかどうかが、物語に没入できるかの分かれ目だろう。脚本作りにもいそしむヒロインが、劇場を借りて一人芝居するのも、やや安易で強引。ジャズの店を出したいピアニストの葛藤にも、あまり深入りしない。そんな感じで、全体に主人公たちの感情の流れはサラーッとしている。ヒロインが大女優になった理由も、その事実が描かれるだけで不可解ではある。アカデミー賞でも脚本賞受賞を逃したのは、ある意味で順当な結果だった。

でも、そのサラーッと進む感覚は悪くない。激しい感情のぶつかり合いや葛藤がなくても、人生が続く心地よさを、そのまま受け入れる観客も多いと思う。

ラストに集約される感動の温度差

※完全にネタバレです。

「あの時、こうしていたら……」と時間を巻き戻す演出が、とことん胸を締め付けてくるわけだが、ここでも「ミュージカル映画のオマージュを楽しめるか」「2人の感情への没入度」などの要因が、感動の度合いを左右することになる。さらに多くの人が指摘するように、「同じような別れを経験したことのある人なら、異様なレベルで感動してしまう」という点もある(これは他のどんな映画にも当てはまりますが)。

こうしたさまざまな賛否の分かれ目がある『ラ・ラ・ランド』だが、それらを補う映画のマジックを観る人それぞれが、量の多少はありつつも受け止められるのは確かだろう。

王道のエンタメ作品であり、アカデミー賞にも絡んだ作品が、いろいろと賛否が湧き上がる例は、ここ数年、あまりなかった。その意味で『ラ・ラ・ランド』の存在意義は大きい気がする。

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『ラ・ラ・ランド』

TOHOOシネマズ みゆき座ほか全国公開中

配給:ギャガ/ポニーキャニオン

(c) 2017 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.

Photo credit: EW0001: Sebastian (Ryan Gosling) and Mia (Emma Stone) in LA LA LAND.Photo courtesy of Lionsgate.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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