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北朝鮮での「日本人観光客拘束事件」を検証する

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
日朝政府間協議(写真:ロイター/アフロ)

 観光で北朝鮮を訪れていた日本人男性が身柄を拘束されたようだ。単独旅行ではなく、ツアーで入っていたようだが、情報収集に努めているとされる日本政府からはまだ身元も含め詳細については一切明らかにされていない。

 逮捕された場所が首都・平壌ではなく、平壌から西方55km離れた南浦とも伝えられているが、南浦は新石器時代の巨石墓や2004年にユネスコ世界遺産に指定された産高句麗時代の壁画古墳がある。また、西海(黄海)海域8kmを塞き止めて建設された巨大な河口ダム「西海閘門」がある。北朝鮮唯一のゴルフ場「平壌ゴルフ場」も南浦にある。高句麗壁画古墳―西海閘門―平壌ゴルフ場が観光コースとなっていることからツアー客は南浦に案内されたのだろう。外国人が許可なく、勝手に行けるような所ではない。

 南浦は観光名所だけでなく、海軍の造船所のある軍港としても知られている。海軍基地もあれば、偵察総局傘下の工作機関・西海岸連絡所の一つである南浦連絡所もあれば、米国のメディアが取り上げている秘密の濃縮ウラン施設もある。今から3年前の2015年3月には日本海に向けてスカッドミサイル2発が発射されていた。

 身柄を拘束された日本人男性は映像関係者と言われていることから撮ってはならない場所を撮ってしまったため「スパイ容疑」を掛けられた可能性が多分に考えられるが、北朝鮮観光は今回が初めてではなく、過去にも北朝鮮訪問歴があるだけに北朝鮮公安当局からマークされていたのだろう。その一方で、仮に北朝鮮が今後の日朝交渉の取引材料として「人質」を必要としていたならば、罠にかかったか、あるいはでっち上げられた可能性も考えられなくもない。

 日本人が北朝鮮で身柄を拘束されたケースは何も今回が初めてではない。過去にも何件もある。

 最も古いのは1983年に発生した貨物船「第十八富士山丸事件」である。船長と機関長が北朝鮮兵士の密航補助と「スパイ」容疑で逮捕され、7年もの間、北朝鮮に抑留されていた。また、1999年には元日本経済新聞の記者が「スパイ容疑」で逮捕され、2年2カ月間にわたって拘束されていた。

 珍例では、2003年8月に中朝国境の鴨緑江を運航する遊覧船から飛び降りて北朝鮮に渡り、亡命を申請した日本人女性がいる。亡命を拒まれた結果、「不法入国」で身柄を拘束され、2005年11月まで2年3カ月間、北朝鮮で抑留されていた。

 この他にも麻薬密輸容疑で2003年に逮捕され、5年以上も拘束された日本人男性もいる。また、2011年にも同じく麻薬密輸容疑で中露の国境に近い最北端の羅先市で日本人男性二人が逮捕され、身柄を拘束された事件も起きている。

 政治決着で釈放された「第十八富士山丸事件」以外は金銭で決着が付いている。例えば、元日経記者の釈放には2千万円前後の金が、また日本人女性の引き渡しでは数百万の金が北朝鮮に支払われたと言われているが、北朝鮮はこの二人については拘置所ではなく、ホテルや招待所に宿泊させていたことから長期間にわたる「滞在費用」の支払いを求めたとの言い分だった。

 麻薬密輸容疑で羅先で身柄を拘束された日本人男性二人については「麻薬と偽造貨幣の犯罪で関係機関が司法処理を進めている」と北朝鮮は日本に通告していたが、最終的には裁判に掛けられ、判決が出る前に「多額の保謝金」が支払われ、決着が付いたとされているが、金額については不明だ。

 今回の「日本人観光客身柄拘束事件」について北朝鮮当局は沈黙を守ったままだが、「スパイ容疑」ならば取り調べが済み次第、公表されるだろうが、2010年4月に逮捕された韓国系米国人宣教師(チョン・ヨンス)の場合は、半年以上も伏せられ、北朝鮮当局は11月になって逮捕の事実を公表していた。

 また、2012年11月に旅行先の羅先で身柄を拘束された観光業を営む韓国系米国人(ペ・ジュンホ)の場合も拘束から40日目にして「共和国に敵対する犯罪容疑で拘束した」と発表していた。従って、必ずしも、直ちに発表するとは限らないが、それでも公になってしまった以上は、近々、発表するのではないだろうか。

 今回のケースと似たようなケースとしては2013年10月の元米兵メリル・ニューマン氏の身柄拘束事件がある。

 北京の旅行会社を通じてツアーで北朝鮮に入った当時85歳のニューマン氏は北朝鮮を出発する直前、飛行機から連れ出され、身柄を拘束された。幸い高齢ということもあって「国外追放」という形で解放されたが、それでも拘束から42日間も要した。

 また、翌年の2014年4月にも観光で訪朝し、日本海に面した清津を旅行中に滞在していたホテルの部屋に聖書を置いていったため出国直前に逮捕された米国人ジェフリー・ファウル氏も釈放までに半年もかかっている。

 さらに、2015年にも2月にカナダ人牧師(イム・ヒョンス)が、10月に韓国系米国人(キム・ドンチョル)が相次いで身柄を拘束され、カナダ人牧師は終身刑(無期懲役)を、韓国系米国人は10年の刑を宣告されていた。いずれも罪状は「スパイ罪」や「国家転覆陰謀罪」だった。

 韓国系米国人のキム・ドンチョル氏は今年5月にポンペオ国務長官が訪朝し、昨年4月~5月にかけて「スパイ容疑」で身柄を拘束されていた同じ韓国系米国人のキム・サンドク氏とキム・ハクソン氏と共に引き取り、米国に連れ帰っており、カナダ人牧師のイム・ヒョンス氏も今年8月に病気を理由に釈放され、カナダに帰国することができた。

 今回、日本人がスパイ容疑で逮捕されたのが事実ならば、裁判に掛けられ、有罪となれば、政治決着にせよ、金銭にせよ、日本政府には負担となるだろう。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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