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DataGateway社のマタハラ疑惑、SNSで告発した女性のお妊婦様疑惑についての解説と警告

小酒部さやか株式会社 natural rights 代表取締役
働く妊婦のイメージ(写真:アフロ)

先週1月31日、マタハラの有無について企業が公式見解を発表するという事態があった。

DataGateway(株)が発表した「当社従業員のTwitterでの発信内容に関するお知らせ」と題するもので、その内容は「2019年11月13日、当該従業員(部長職)が社長を会議室に呼び、妊娠を報告。その際、自宅勤務を行いたい、そして、産休・育休の取得を希望したいと申し出があった。この申し出に対し、社長は自宅勤務に応じられると返答。これに伴って就業時間が減少する場合には、それに応じて給与支給額が減少すると伝えた。妊娠を理由とする減給を提案した事実はない」というものだった。

参考記事:

「妊娠による減給」の認識に違いか 従業員のTwitter上でのマタハラ告発をDataGateway社が公式に否定

この発表を受け、当事者女性も2月4日にTwitterで「一連の騒動について」と題し、「この度は、マタハラを巡る問題についてお騒がせし申し訳ありませんでした。話し合いの結果、和解いたしました。訴え方の一つとしてSNSを選んだことは大変反省しております。今後は会社と共に、多様性を認め合い、働きやすい環境作りに努めて参ります。」という文面の画像を掲載した。

そもそもなぜこの会社が「マタハラなど一切ない」と公式発表するに至ったかというと、当事者女性がTwitterで「会社に妊娠を報告したら、社長から減給を提案された。泣きたい」と呟いたからだった。

ではなぜ当事者女性はSNSで企業名を挙げて発信してしまったのか。その結果SNS上でどのような反応が起こったのか。すでに和解されたとのことなので、会社側にも女性側にも支障がない範囲で記載したい。

また、SNSを使った企業名を挙げての告発はどのようなリスクがあるかも警告したい。なにより、本件が本当にマタハラで苦しむ女性たちをさらに追い込むようなことがないようにしたい。

(※なお、私は双方が今後より良い関係性となることを心から願っている。本記事により再熱するようなことは一切ないようお願いしたい。本記事の目的は上記のとおり、本当にマタハラで苦しむ女性たちをさらに追い込むことがないようにすることである。)

●そもそも女性はDataGateway(株)に直接雇用されていない

私が当事者女性から相談を受けたのは、女性がTwitterで呟く前だった。その後連絡は取っていないので、彼女のTwitterの投稿を見た際は、正直驚いた。

この女性は、DataGatewayの親会社にあたるbitgrit社に正社員として勤務しており、出向のようなかたちでDataGateway社の業務を手伝っていた。DataGateway社は設立間もないベンチャー企業で、フリーランスや業務委託者など何人も出入りしており、彼女は人事総務部の部長として、その人たちのフィーを決めたり契約書を作成したりしていた。

妊娠報告は、まずは直接雇用されているbitgritの社長に伝え、その日のうちにDataGatewayの社長に伝えた。bitgritの社長が理解ある反応だったのに対し、DataGatewayの社長の反応に彼女は違和感を覚えた。

すでに和解しているので違和感の中身の記載は控えるが、不利益な扱いをされたわけではなく、あくまで社長の発言に対してで、ここに双方の食い違いが生じたようだった。

そのため彼女は、第三者機関である労働局均等室や労働基準監督署、弁護士などに相談し始める。しかし、どこに相談してもDataGateway社が雇用主ではないのでなにも出来ない、まずは自分で対応するように、というようなことを言われてしまい、彼女は追い詰められていた。

また、相談した第三者機関からは「会話を録音することは盗聴と指摘される可能性があるのでメールがベスト」と誤った情報を教えられていた。録音もメールもどちらも証拠能力があるので、ハラスメントや不法行為をされた場合は、なるべく証拠を残すべきである。

●誰もなにもしてくれない、だからSNSという賭けに出た!?

もちろん、彼女は直接雇用されているbitgritの上役や同僚などにも相談していた。だからこそ、今回こんなにすぐに和解が出来たのだと私は思っている。でなければ、SNSで会社名を公表してしまって、こんなにすぐに和解出来るはずがない。

しかし、彼女が私に相談してきた時点では、bitgrit社内からの反応はなく、そのことも彼女は悩んでいた。おそらく、bitgrit社も内部調査など行っていただろうと推測するが、第三者機関もなにもしてくれず、社内もなにもしてくれずという状況が数ヶ月に及び、彼女も精神的に限界だったのだろう。なにか反応が欲しいということで、荒療治でTwitterに投稿してしまったように思う。

彼女のTwitterの投稿に当初は同情の声が多く集まり、投稿は11万件のいいねと4万件のリツイートもされていた。

しかし、会社が冒頭で記載したマタハラを否定する公式発表を出すと、今度は彼女への強烈なバッシングが起きた。「嘘つき」「妊婦という立場を振りかざして会社を潰す」「マタハラを利用して自分の思い通りにさせようとしている」など、彼女をお妊婦様と捉えるコメントも多くあり、彼女が和解を発表した後でも炎上は続いている。

そのなかでも気になったのが、「虚言だったら本当にマタハラに悩んでる女性たちの立場も悪くなります。この国にマタハラが多いのは事実です。苦しい人たちをこれ以上苦しめないで」というもの。

私も今回の彼女のTwitterへの投稿はとても危険なことなので、以下に意見を述べたいと思う。

●安易なSNSへの投稿は控えるのが賢明

私の印象では、彼女は権利主張のお妊婦様ではないように思う。私の知っているお妊婦様は、自分の職務を放棄したり、働き続ける努力をしなかったり、ということが多い。けれど、彼女は働きたがっていたし、人事部に所属していることで今後も社内で産休育休が取得しやすくなるようにと願っていた。

本当に切羽詰まって、一石投じたくてTwitterに投稿してしまったのだと思うが、やはりこのやり方には大いに危険が伴うと警告したい。

今回は彼女がたまたまDataGateway社の直接雇用ではなく、bitgrit社が中立な立場として存在してくれたので、早期和解に至ったと思う。しかし、会社名を公表して「マタハラだ!」「ハラスメントだ!」と声高に叫んでしまえば、会社にとってイメージダウンは必至で、特にDataGateway社のような設立間もないベンチャー企業では、売上にも影響する可能性がある。もっと少ない数人しかいない組織だとしたら、下手をしたら潰れてしまうかもしれない。そうすれば産休育休どころではなく、同僚からの恨みも買い、自分で自分の首を絞めることになる。

昨年11月に高裁で原告女性が逆転敗訴する判決があった。この判決では、会社側にマタハラの事実はなかったにもかかわらず、女性側が会社名を公表して提訴の記者会見や報道機関に話したのは会社への名誉棄損に当たるとして、女性に55万円の支払が命じられた。

安易な企業名の公表には、このようなリスクもついてくる。

また、誰でも見ることが出来るSNSは社会を巻き込むことになり、当然投稿した自分のことも見られる。そこには、必ずしも賛同ばかりではなく、批判もついてくる。過去を調べられたり、家族を調べられたりということにまで発展しかねない。

●企業名の公表は労働者の最大の武器

企業名公表に踏み切る際は、そのタイミングややり方など慎重になるべきだ。企業と対峙したとき、労働者は圧倒的に弱い。その弱い立場のなかで、唯一であり最大の武器が企業名の公表ではないかと思う。

その切り札を最初から出してしまっては、その後丸腰で闘うことになる。そして、切り札を最初に出してしまっているので、和解への道は遠のくのではないか。

「マスコミへの公表なんてしたくないんです。ましてや企業名を出すなんて。けれど、このままマタハラを認めてくれないのだったら、やりたくなくてもやることになってしまうかもしれません、、、」なんてように、小出しにチラつかせて交渉の材料に留めるのが賢明のように思う。それでも、どうしても話し合い出来ないようなハラスメント会社だった時に、この武器を使うか初めて考えるのが得策なのではないか。(※2020年2月に本記事を配信した時点では「小出しにチラつかせて」などと記載したが、現在紛争の継続中でマスコミと関わることについて裁判所は厳しい見方を示しているので補足する。参考:「労使紛争の局面で、マスコミを出すのは慎重に」 2020年8月7日)

そして、そのときに一番大事なのは、自分の正当性だ。上記の昨年11月の判決で、なぜ原告女性が逆転敗訴してしまったのか。その要因は、本人が保育園の申請をきちんとしていなかったことにあり、そのことで地裁と高裁の裁判の流れが変わったという記事が掲載された。(参考記事:「マタハラ裁判で勝訴した原告女性の主張はなぜ、高裁で否定されたのか」)女性に働く意思が本当にあったのかと、司法の場で疑われてしまったようだ。(この裁判は最高裁まで行くようなのでこれが最終結果ではない。最高裁の判断が注目される。)(※なお、逆転敗訴になったのは、保育園の申請をしていなかったこと以前に、マスコミとの先鋭的なかかわり方にあると判示されているので、その点を補足する。2020年8月7日)

働き続ける努力をせずに自分の権利だけを主張するお妊婦様がいることで、本当にマタハラで苦しんでいる女性たちが声を上げづらくなる、ということはあってはならない。

では、お妊婦様なのか本当のマタハラ被害者なのか、それは、本人が一番よく分かっているはずだ。

働き続ける努力をしたか、会社と理解し合えるよう話し合いを重ねる努力をしたか、自分以外の様々な人の意見や文献を調べた上でマタハラだと言えるかなど、自分の胸にしっかりと問えば、自分の正当性は分かるはずだ。正当性があるならば、勇気をもって声を上げて行って欲しい。

企業側は、今はSNSで安易に企業名を公表されてしまうというリスクがあることを認識して、早めの対応を心がけるといいように思う。

2020年6月23日、一部修正。

2020年8月7日、一部修正

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株式会社 natural rights 代表取締役

2014年7月自身の経験から被害者支援団体であるNPO法人マタハラNetを設立し、マタハラ防止の義務化を牽引。2015年3月女性の地位向上への貢献をたたえるアメリカ国務省「国際勇気ある女性賞」を日本人で初受賞。2015年6月「ACCJウィメン・イン・ビジネス・サミット」にて安倍首相・ケネディ大使とともに登壇。2016年1月筑摩書房より「マタハラ問題」、11月花伝社より「ずっと働ける会社~マタハラなんて起きない先進企業はここがちがう!~」を出版。現在、株式会社natural rights代表取締役。仕事と生活の両立がnatural rightsとなるよう講演や企業研修、執筆など活動を行っている。

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