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おもちによる窒息死を減らすために 毎年1月は1300人の窒息死亡者

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
美味しいお餅も、注意が必要です(写真:アフロ)

毎年この年末年始になると、ご家庭でおもちを食べる人は多いでしょう。ところが病院で医者をやっていると、この時期はおもちでのどを詰まらせる人が来ます。データでみても毎年1月は窒息(ちっそく)で亡くなる人が特に多く、1300人以上にも上ります。

そこで、医師の視点から「おもちによる窒息」の予防法をまとめました。

内容は以下の通りです。ちょっと長いですが、最後までどうぞ。

1, もちで窒息した患者さんの話

2, なぜもちが詰まると亡くなるのか

3, どうすれば救命できたか

4, 1月は窒息死亡者数が1300人以上

5, 65歳以上の人はがおもちを詰まらせやすい理由

6, もちを食べるときの工夫

7, 私の提言

もちによる窒息の患者さんを診察した経験

一つエピソードをお話ししましょう(※1)。

だいぶ前になりますが、私(外科の医者です)が救急病院で働いていた正月のある日、おもちがのどに詰まった人が病院の救急外来に運ばれて来ました。その方は90歳近い男性で、家族が見ていない時にひとりでおもちを食べていたそう。そして家族が気づいたら居間で倒れていました。顔は真っ青だったそうで、家族は急いで救急車を呼びました。のちの救急隊からの報告によると、救急隊がその家に到着したときにはすでに呼吸が止まっていました。心臓はまだ動いていましたが、救急車で私のいる病院に運ぶ途中に心臓が止まったとのことでした。

病院に到着して私が初めてその方に接触したとき、救急隊は心臓マッサージをしていました。私は大急ぎで口の中を見ました。喉頭鏡(こうとうきょう、写真の道具)という、のどの奥まで見る道具を口から入れて、観察しました。

喉頭鏡。曲がり部分を口の中に入れる(村中医療機器株式会社HPより引用)
喉頭鏡。曲がり部分を口の中に入れる(村中医療機器株式会社HPより引用)

すると、のどの奥にはびっしりともちが詰まっていました。気管という、空気の通り道のところにベタっと張り付くようにしておもちがあり、私はそれを吸引チューブとつまみ出すための道具で取り出しました。幸いなんとかおもちは取れて、気管に呼吸するためのチューブを入れました。しかしその方は再び心臓が動き出すことなく、治療も甲斐なく亡くなりました。

もちがのどに詰まるとなぜ亡くなる?

なぜこの方は亡くなってしまったのでしょうか。

まず考えられるのは、窒息による低酸素脳症(ていさんそのうしょう)です。

解説しますと、窒息とは息(=呼吸)が止まった状態を指します。この方の場合、のどの空気の通り道のところにおもちがベタっと張り付き、完全に塞いでしまっていました。これでは呼吸ができません。息を吸えませんし、吐けません。呼吸とは、吸うときは体の中に「酸素(さんそ)」を取り込んで吐くときには「二酸化炭素」を出す行為です。吸えなければ「酸素」が体に取り込まれなくなります。そのとき、全身の臓器が酸素が足りずにダメージを負いますが、最もダメージを負うのは「脳」です。脳は3-5分酸素が供給されなければ、元には戻らないくらいのダメージを負ってしまいます。これを低酸素脳症と呼びます(正確な定義は下に書いておきます(※2))。

脳にこのようなダメージを負うと、ダメージの程度によりますが、良くて脳死状態で、多くの場合死亡します。

この方の経過としては、

おもちがのどに詰まる→呼吸できなくなる→数十秒で意識がなくなる→脳へのダメージ→心臓が止まる→死亡

となったと推測されます。

どうすればこの方は救えたか?

では、どうすればこの方の命を救うことができたのでしょうか。

結論を急げば、残念ながらおもちがのどに詰まった段階でかなり救命は厳しいと私は考えます。もし家族の見ている目の前でおもちを詰まらせ、大急ぎで救急車を呼んでいたら、もしかしたら間に合ったかもしれません。あるいは家族がハイムリック法などの詰まりを取る方法を知っていたら間に合うかもしれませんが、見たこともない人には難しい方法であり、一般の方にはあまりおすすめ出来ません。

窒息の治療は、本当に秒単位での勝負です。完全に息が止まってしまってから5分も経っていたら、命を救うことは難しくなります。

ここからは私の印象ですが、病院に辿りついたとしても、のどに詰まったもちを除去するのは医者にとっても簡単ではありません。慣れた救急医でないと、すんなりと取り除くのは難しいと思います。ですから、たとえかなり早い段階で病院に到着しても、厳しい結果になる可能性があります。

1月は窒息による死亡者数が1300人以上

ここで、データを見てみましょう。

消費者庁ホームページ 高齢者の餅による窒息事故に気を付けて! -年末年始は餅による窒息事故が増えます。注意して餅を食べましょう-より引用
消費者庁ホームページ 高齢者の餅による窒息事故に気を付けて! -年末年始は餅による窒息事故が増えます。注意して餅を食べましょう-より引用

この、赤い点線で囲まれている部分が毎年1月になります。1年の中で、窒息による死亡者数が多いのは12月、1月であることがわかります。また、縦に伸びる棒のうち下の青が65歳未満で、上の赤が65歳以上です。実に9割以上は65歳以上なのです。

つまり、65歳以上で1月の窒息による死亡者が多いということです。ちなみに、この表は窒息の原因がおもちに限っている訳ではありませんが、1月という季節だけ増えることと、この東京消防庁のデータからもおもちによる窒息が増えていることはほぼ確実でしょう。

月別の救急搬送人員(過去5年間餅をのどに詰まらせたもの)(東京消防庁ホームページ「年末年始の救急事故を減らそう」より引用)
月別の救急搬送人員(過去5年間餅をのどに詰まらせたもの)(東京消防庁ホームページ「年末年始の救急事故を減らそう」より引用)

なぜ65歳以上の人はおもちを詰まらせやすいのか

では、なぜ65歳以上の人はおもちを詰まらせやすいのでしょうか。

それは、一言で言えば「嚥下(えんげ)機能が低下するため」だと言えます。この「嚥下機能」という専門用語を解説します。嚥下、えんげとは「ものを飲み込む」という意味です。

ちょっとのどの仕組みを図で見てみましょう。

人間ののどを横から見た図、黄色が食べ物の通り道、青が空気の通り道、(エルメッドエーザイ株式会社ホームページより引用)
人間ののどを横から見た図、黄色が食べ物の通り道、青が空気の通り道、(エルメッドエーザイ株式会社ホームページより引用)

のどの奥は通常、

口から入った食べ物が通る「食道→胃ルート」(図の赤い線)

吸った空気が入っていく「気管→肺ルート」(図の青い線)

の二つの道があります。

まるで鉄道のレールの切り替えポイントのように、食べ物はこちら、空気はこちらというように人間ののどは自動的に分けています。とはいえ人間の体ですから切り替えを失敗することもあります。例えば食べ物が誤って青い線の空気の方に行くと、ムセたり咳が出たりして出そうとします。そして空気が赤い線の食べ物の方へ行ってしまうと、後でゲップとなって逆流して出てくるのです。ざっくり言えば、嚥下機能とは、この切り替えを上手にする能力と言ってもいいでしょう。この切り替えを含む一連の動きは、極めて精密でいくつもの神経や筋肉が連動しています。

人間は、歳をとるにつれこの切り替えを上手にする力が落ちてきます。その理由は、舌やのどの筋肉が衰えたり、注意が散漫になったりと様々なものがあるのです。

高齢者は特にご注意を

この嚥下機能は、一般的に年齢が上がるごとに弱っていきます。ですので、80歳を超えるような高齢者や、医師から嚥下機能に問題があると言われている人は注意が必要です。

そのような方でおもちを食べたい方は、いくつかの工夫をすると良いでしょう。それは、

・人と一緒のときにだけ食べる

・小さく切ってから食べる

・急がず、ゆっくりとよく噛んでから飲み込む

などの工夫です。

私の意見

極端かもしれませんが、私は80歳以上の高齢者と、医師から嚥下機能に問題ありと言われている人は、おもちを食べないことをおすすめします。

毎年毎年、私は正月のニュースで「高齢者がおもちをのどに詰まらせ窒息死」を見てきました。データで見ても毎年1月には1300人以上が死亡します。おもちという食文化も当然重要ですが、高齢者にとって窒息死という危険をかけてでも守るものなのでしょうか。

なお、「80歳以上」という年齢には、「私の経験」以外の強い医学的根拠はありません。確かに80歳を超えるご高齢の方では嚥下機能に問題がある人が多いのは事実ですが、80歳以上でも嚥下機能に問題がない人もいますし、60歳代でも嚥下機能が低下している人がいます。一律、年齢で区切ることには迷いがありましたが、死亡する危険性を考えあえて断言しました。他の医師は別の意見を述べるかもしれません。

また、おもち業界の方へ。おもち以外にも窒息の原因となる食べ物はありますが、特に1月に目立って窒息の原因となるため、本記事で取り上げました。

※1 エピソードに出てくる患者さんの年齢、性別などは変えてありますが、実際に私が診療を行ったときの実話です。

※2 低酸素脳症の定義について(専門家のみなさんへ) 日本救急医学会ホームページより引用

循環不全または呼吸不全などにより,十分な酸素供給ができなくなり脳に障害をきたした病態を低酸素脳症という。低酸素脳症には,通常,組織への血流量の低下(虚血)と,血液の酸素運搬能の低下(低酸素血症)の2つの病態が混在していることが多いため,低酸素性虚血性脳症(hypoxic-ischemic encephalopathy)とも呼ばれる。原因として,心筋梗塞,心停止,各種ショック,窒息などが挙げられる。心停止により脳への酸素供給が途絶えると,意識は数秒以内に消失し,3‐5分以上の心停止では,仮に自己心拍が再開しても脳障害(蘇生後脳症)を生じる。蘇生後脳症の転帰不良を予測する因子としては,自己心拍再開後24時間以内のミオクローヌス・てんかん重積状態の出現,瞳孔反応や角膜反射の消失,および3日後の運動反応の消失または四肢の異常伸展反応があげられる。治療として,単に血圧を維持するだけでは生存率・社会復帰率の改善に繋がらず,全身の臓器および末梢組織への血流を維持することが重要である。さらに心停止蘇生後脳症患者では,侵襲性高血糖や代謝亢進に基づく高体温が発生することが多く,これらの高血糖,高体温は神経学的転帰を悪化させる重大な要因である。したがってこれらを予防,管理するとともに,適切な呼吸循環管理により二次性脳障害を最小限にすることが必要である。近年,心停止患者で自己心拍再開後も昏睡状態が続く場合,脳低温療法を施行することで,機能的転帰が改善する可能性が報告されている。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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