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3月17日ダイヤ改正が突き付けた問題~JR九州の問題は他人ごとではない

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
JR九州の3月17日のダイヤ改正は、様々な問題を提起している(ペイレスイメージズ/アフロ)

・3月17日の朝刊にJR九州が出した全面広告

 2018年3月17日に全国のJR各社でダイヤ改正が実施された。首都圏や中京圏、関西圏では大きな変化はなく、新たな新幹線などの開通もなく、全国的な大きな話題にはならなかった。しかし、九州では少し様子が違った。

 ダイヤ改正の当日、JR九州は西日本新聞などに全面広告を掲載した。そこには、「高速道路の延伸により、他輸送機関との競争が激化し、人口減少や少子高齢化が進むなど、弊社を取り巻く環境は、今後も厳しい状況が続くことが予想される」ために、列車運転本数や運転区間の見直しを図るという説明がなされていた。

 さらに、最下段には図表が並んでいる。JRが発足した1987年当時の九州島内の高速道路網と、現在を比較したもの。各都市間の快速と普通列車の運転本数の推移。さらに列車本数と輸送人員数の推移の三つの図表が並べられている。

 通常、ダイヤ改正というと新線の開業や新しい特急列車の運行開始など、明るいイメージで広告が出されることが多い。しかし、今回のJR九州の広告は、経営の苦境を訴える異例のものだ。

・JR九州の苦境が与えた衝撃

 JR九州は、発足当初から観光に力を入れ、ユニークな列車を次々に投入してきた。特にインダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治氏を起用し、斬新なデザインや車内設備の列車を次々に登場させてきた。

 こうした取り組みは、全国の鉄道会社や第三セクター線などが起死回生策として、次々と追随し、様々な観光列車が登場する契機となった。

 鉄道やその沿線の活性化には、観光に注力した対策が有益だと思わせてくれていたJR九州そのものが、今回、大きな危機を迎えていることを自ら主張し始めた。それだけに、こうした問題の深刻さを改めて認識させることになった。

・「公共交通機関としての認識が甘い」?

 今回のダイヤ改正では「117本もの大幅減便」という見出しが新聞各紙に掲載され、批判的な意見がウェブ上でも展開された。しかし、2017年度のダイヤと1985年当時と比較するとむしろ増便しており、多少誇張されすぎているきらいもないことはない。もちろん、今回の減便は、区間運転の縮小など、利用者によっては影響を大きく被る可能性がある路線や便もあるのは確かである。

 しかし、むしろ話題を呼んだのはJR九州の経営悪化に対して、「JR九州は、流通業など他の分野で利益を上げており、公共交通機関として、その利益を鉄道事業に投入すべきだ」という意見が多数見られた点だ。自治体の首長たちも相次いでJR九州の拙速な今回のダイヤ改正や、昨年夏に輸送密度を発表したことについても廃線ありきではないかという批判的な意見を呈し、「公共交通機関としての認識が甘い」という批判が拡がった。

JR九州の車両はどれも斬新なデザインだ(画像・筆者撮影)
JR九州の車両はどれも斬新なデザインだ(画像・筆者撮影)

・会社は誰のものか

 一方、企業経営者などからは、株式公開し、株式会社となったJR九州の今回の対応は正当なものだという反論が起きた。JR九州は、2016年10月に株式上場し、株式公開会社となっている。株式会社の経営者は、株主から経営を任され、利益を上げることが責務である。つまり、経営者は赤字事業をいかに縮小し、黒字事業をいかに拡大するかに努力しなくてはいけない。赤字事業をそのままにして、黒字事業からの利益を投入して、利益が出ないというのでは、株式会社の経営者としては失格なのである。

 ここで問題になってくるのは、「公共交通機関であるから、黒字事業からの利益を赤字事業に投入してでも、赤字事業を継続しろ」と言える権利を誰が持っているのかという点である。その権利は、株主しか持ちえない。もちろん、そんなことを言う株主はなかなかいない。その代わり、株主は出資金を失うリスクも負っている。つまり、会社は株主のものであるのだ。

 これが民営化、株式会社化なのであり、それを選択してきたのだ。企業経営者たちが批判したのは、ここだ。株式上場し、民営化しておいて、得られる利益を「公共交通機関」なのだから、赤字事業に投入しろというでは、資本主義経済の原則に反しているではないかということだ。

JR各社はいずれも流通業に力を入れている(画像・筆者撮影)
JR各社はいずれも流通業に力を入れている(画像・筆者撮影)

・そもそもJRの分割民営化は正解だったのか

 そもそも、国有鉄道を分割民営化する際に、当初からJR北海道、JR四国、JR九州の「三島会社」は黒字化するのは困難であり、早晩行き詰まるのではないかと言われてきた。それでも分割民営化し、ドル箱路線である東海道新幹線はJR東海が運行することにした。JR東海の経営努力も評価できる。しかし、それにしても最も利益が見込める東海道新幹線をJR東海に独占させたのは、果たして正解だったのだろうかという疑問は残る。

 JR東海は、潤沢な利益を中央リニア新幹線建設には投入するが、当然のことながら、三島会社の救済には投入されることはない。

 平成時代に入り、規制緩和、自由化も進展してきた。規制緩和、自由化は、すなわち競争の激化、価格の低下に繋がる。鉄道事業は、規制緩和の恩恵を得て新規参入してくる高速バスや格安航空会社などとの激しい競争に巻き込まれてきた。福岡県に本社を持つある中小企業の経営者は、「厳しい経営環境の中で、JR九州はかなり努力をしてきたのではないか。今回のダイヤ改正も、ぎりぎりの線でやっている気がする」と理解を示す。

 

・平成時代の終わりに

 平成時代が終わろうとしている、まさにこの時期に様々な制度や仕組みが限界を迎えつつある。「企業三十年説」というのが、昔から言われてきたが、分割民営化して30年が経過し、JR各社の経営も限界になりつつあるのではないか。

 仮に赤字路線の継続を行うのであれば、地域自治体が第三セクター会社を設立し、引き継ぐというやはり30年前に行った同じ手法を採るのか、あるいは、地方空港への路線継続のために航空会社への売り上げ補償を行っているのと同様に鉄道会社への補償を行う必要が出てくるだろう。しかし、巨額の資金を税金から投入することは、果たして正しいことなのかも議論のあるところだ。

 一方、JRが保有する地方鉄道路線の大半はすでに50年以上経過しているのが大半であり、その老朽化した施設の維持、改修には膨大な金額がかかることが判っている。さらに風水害や地震などが多発する国土であり負担も大きい、「公共交通機関」だからと株式会社化したJR各社に赤字のままでも継続しろというのは無理である。

・もう先送りはできない

 分割民営化したJR各社を再合併させて、首都圏など大都市圏や東海道新幹線などの利益で地方の路線を維持させるという発想もなくはない。しかし、もはや限りなく不可能に近い。なぜこうなることが早くから予想されていたのに、分割民営化、さらには株式公開をしたのかというのは、繰り言にしか過ぎないのだ。

 3月17日のダイヤ改正でJR九州をはじめとするJR北海道とJR四国の三島会社が批判されることも承知で、相次いで経営に対する危機感を表明した。このことは、少子化、高齢化、団塊の世代が70歳を超すことによる労働力の急減と市場の急縮小が、従来までの方策では対処できないレベルに達してきたことを示している。もう、郷愁やらノスタルジーやら想いだけでは、鉄道路線を維持できない段階にまで来ているのだ。

 「公共交通」の在り方について、再度、見直す時期にきていることは確かである。今後、急激な人口減少が見込める我が国において、かつてのようにあれもこれも持ち続けることは無理だ。従来のように赤字分を補てんする補助金を投入したり、上下分離方式で見かけだけの黒字体質を確保するというだけでは、問題を先送りするだけだ。

 平成時代に作られた体制を抜本的に変革する時期になっている。JR九州の3月17日のダイヤ改正が示しているのは、単に鉄道路線だけの問題ではなく、さまざまな公共インフラででも起こりうる問題なのだ。本当に必要なものと、そうではないものを、残酷であるが、その選択をする覚悟を持たなければならない時になった。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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