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将棋藤井四段、非公式戦でも敗北!天才神話に陰り?

松本博文将棋ライター
7月21日、公式戦で敗れた後の藤井四段

「プロ入り初の“連敗”」

 8月5日(土)。藤井聡太四段の動向を伝えるニュースのヘッドラインには、何やら目を引く表現がありました。タブルクォーテーションマーク(““)でくくられた「連敗」という言葉は、前日(4日)に菅井竜也(すがい・たつや)七段に敗北を喫した藤井四段が、その翌日に都成竜馬(となり・りゅうま)四段に敗れた、ということを意味するものです。

 なるほど、昨日負けて、今日も負けたのなら、それは連敗です。ではなぜタブルクォーテーションでくくられているのか。その理由は、前日が公式戦であっても、翌日の分は非公式戦の対局であるため、公式記録上のカウントでは、「連敗」とはならないからです。

 8月4日(金)。藤井四段は王将戦一次予選の決勝で、菅井七段に敗れました。藤井四段から見れば、内容的には「完敗」ともいえるものです。さすがは菅井七段。現在羽生善治王位に挑戦し、初タイトルをうかがう中で、強さと勢いを示した場面でもありました。

 藤井四段が敗れた王将戦は、将棋界の七大タイトルの一つにも数えられる公式戦です。タイトル戦以外にも、「NHK杯」などの全棋士参加のトーナメント戦や、「上州YAMADAチャレンジ杯」「加古川青流戦」など、若手棋士を対象にしたトーナメント戦も、公式戦に数えられます。

 藤井四段の公式戦における通算成績は、現在34勝3敗(勝率0.919)。2017年度だけであれば、24勝3敗(0.889)です。

 ちなみに史上最高の勝率記録は、今からちょうど50年前の1967年度、中原誠五段(現16世名人、引退)が残した、47勝8敗(勝率0.855)。藤井四段には、この記録の50年ぶりの更新も期待されています。

 8月5日(土)。この日は愛知県春日井市において、「室田伊緒presents かすがいキッズ☆将棋フェスタ」が開催されました。地元春日井出身で、藤井四段の姉弟子(杉本昌隆七段門下)にあたる、室田伊緒(むろた・いお)女流二段がプロデュースする、主にお子さんを対象とした、将棋のイベントです。詳細は、春日井市のページをご覧ください。

 春日井市は藤井四段の出身地であり、また現在も暮らしている、瀬戸市の隣りです。

 このイベントの席において、「イケメン棋士といま話題の最年少棋士」と銘打たれ、都成四段と、藤井四段のエキシビション対局がおこなわれました。こうした対局は、公式戦としてはカウントされません。つまり、「非公式戦」として扱われます。

 前日は菅井七段戦。そしてこの日は、春日井でイベント。「タフガイ」と言うには、藤井四段はまだ若すぎるでしょうが、夏休みとはいえ、かなりのハードスケジュールであることは、間違いないでしょう。それはまた、人気者の宿命ともいえます。スター棋士は、他に代わりがいません。そこで将棋界では、羽生善治三冠のように、忙しい人が、さらに忙しくなるという現象が見られます。

 全国各地でおこなわれる将棋のイベントでは、人気棋士や、地元ゆかりの棋士などが対局することは、よくあります。普段であれば、それほどニュースになることはありません。しかしそこは、藤井ブームの現在。藤井四段が現れるところ、多くのマスコミもまた、その姿を追いかけていきます。

 都成竜馬(となり・りゅうま)四段は、現在27歳。将棋では、歩が成れば、「と」になります。また飛が成れば竜(龍)、角が成れば「馬」です。これほど将棋の棋士っぽい名前は、ちょっと例がないかもしれません。また「イケメン棋士」と称されるように、将棋界屈指の二枚目としても知られています。

 非公式戦ですから、浴衣を着て、うちわであおぎながら、というスタイルもあるでしょう。しかしこの対局では、両者はスーツにネクタイという、公式戦と変わらないスタイルでした。将棋界というところ、特に男性棋士は、クールビズとは縁遠いようです。

 対局は「振り駒」で、藤井四段が先手となりました。持ち時間はそれぞれ10分で、切れたら一手30秒未満。一般的に非公式戦は、公式戦に比べれば、持ち時間が圧倒的に短い、早指しが通例です。

 後手の都成四段は「石田流」という戦法を採用しました。そして巧みな構想で、優位を築きます。戦いに入ってからは、都成四段が着実に駒を得し、リードを広げていきました。最後は藤井四段もさすがの追い込みを見せますが、都成四段が藤井四段の玉を詰ませてフィニッシュ。見事に勝利を収めました。

 都成四段は、ここまで公式戦において、藤井四段に3連敗していました。しかし、非公式戦とはいえ、都成四段が4局目で勝ったところで、誰も不思議とは思いません。

 都成四段は、2016年度のC級2組順位戦で、参加1年目ながら、8勝2敗という、昇級まであと一歩という好成績をあげています。都成四段もまた強い。そういう強者たちが、常に戦いを続けているのが、将棋界というところです。

層の厚い将棋界

 都成四段は宮崎県出身。2000年、小学5年生の時に小学生名人戦に出場し、決勝で中村太地さん(現六段)を破って、優勝しました。

 小学生名人戦の成績上位者の一覧表を眺めてみれば、1982年優勝の羽生善治さん(現王位・王座・棋聖)、1994年優勝の渡辺明さん(現竜王・棋王)など、きら星のように、現在のプロ棋士の名が並んでいます。

 ちなみに2004年の決勝戦では菅井竜也さん(現七段)と佐々木勇気さん(現六段)が対戦し、佐々木さんが勝って優勝しています。菅井七段と佐々木六段が最近、藤井四段に勝っているのは、これまでに報道されている通りです。

 「小学生名人」の称号は、早熟の英才が揃う将棋界にあっても、エリートの代名詞です。しかし、たとえ小学生名人であっても、棋士の養成機関である奨励会を抜けるのは、そう簡単なことではありません。都成さんは、その実力を認められながらも、奨励会では苦戦が続きました。

 現在の奨励会の規定では基本的に、26歳までに四段に昇段しないと、自動的に退会しなければならないことになっています。そのギリギリ、26歳を目前にして、都成さんは四段昇段を決めました。プロとしてのデビューは、2016年4月です。

 その都成さんと入れ替わるようにして、藤井四段は三段リーグに参加。そこで最上位の成績を収めて1期で通過。2016年10月には、史上最年少の14歳2か月で、四段に昇段しています。

 早熟という点では、両者は共通しています。しかし、四段になった年齢という点では、あまりに対照的でした。

 藤井四段はデビュー以来、破竹の勢いで勝ち続け、なんと無敗のままに、29連勝の新記録を達成しました。そのうちの21局目(上州YAMADAチャレンジ杯)と、25局目(叡王戦四段予選)が、都成四段との対局でした。

 藤井四段の連勝が止まった後も、両者は加古川青流戦で対戦します。それは後に語り草となるほどの、名局でした。都成四段が優勢と思われた中終盤で、藤井四段は玉を中段に出ていくなど、大胆不敵な指し回しを見せます。そして、夢でも見ているかのように、いつの間にか大逆転。解説役の藤森哲也五段は、

「ヤバい」

「マジか」

 と、驚きの言葉を連発していました。人間は、あまりに驚いた際には、ボキャブラリーは限りなくシンプルになるようです。都成四段の何がわるかったのか、という問いに対して、藤森五段は思わず、

「相手です」

 と答えていました。プロ同士の気安い検討では、しばしば聞かれる言葉でもあります。その解説のスタイルは、賛否両論あったようですが、藤森五段の興奮ぶりが伝わってくるようで、多くのファンには好評だったように思われます。藤井四段のすさまじいまでの終盤力が、プロの目にとってもどう映るかを示す、好例なのではないかと、筆者は感じました。

藤井神話は続いていくのか

 都成四段は藤井四段に公式戦で3連敗していました。しかし今回、非公式戦とはいえ、藤井四段に1勝を返しています。都成四段にとっては自信を取り戻す、大きな機会だったかもしれません。

 一方で、ここまで恐るべき強さを見せつけてきた藤井四段が、「連敗」(くどいようですが、公式記録としては連敗ではありません)をしたことによって、ネット上では、

「思ったほどには強くはなかった?」

 という趣旨の声もいくつか見られました。

 筆者の個人的な見解としては、そうとは思われません。菅井七段、都成四段という相手を考えれば、「連敗」もまた、十分に考えられる結果でしょう。

 ただし、これまでの藤井四段の神がかり的な勝ち続け方を考えれば、その神通力に、わずかに陰りが見えてきたか、という可能性もまた、否定はできないかもしれません。将棋界は信頼が重要なところです。今後の対戦相手の棋士に「藤井四段は思ったよりは強くないのでは」と思われてしまえば、その分だけ、勝ちづらくなる可能性も考えられます。

 ともかくも、藤井ブームの昨今。藤井四段の一局一局の結果に、右往左往し、大げさにあれこれと考えてしまうのが、外野というものです。そして、あれこれ言われ続けるのもまた、一流棋士の宿命です。羽生現三冠は、ほんのちょっとでも負けが続くと、すぐに

「羽生も衰えたか」

 と言われてきました。そして今なお変わらず、トップクラスの地位を保持したままです。それはそれとして、忖度なく、あれこれ気安く、好きなことを言い続けるのもまた、ファンの特権というものでしょう。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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