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『キングオブコント』準優勝! にゃんこスターが世間に衝撃を与えた理由

ラリー遠田作家・お笑い評論家
にゃんこスターのアンゴラ村長(左)とスーパー3助(右)(TBS)

10月2日に放送された『キングオブコント2017』(TBS系)で優勝したのはかまいたちの2人だった。エントリー総数2477組の頂点に立った彼らは、間違いなく誰もが認めるコントの達人である。

しかし、10組の芸人が挑んだこの日の戦いで視聴者に最も強烈なインパクトを残したのは、準優勝に終わった謎の男女コンビ「にゃんこスター」である。スーパー3助とアンゴラ村長という2人のピン芸人が組んだ即席コンビはすさまじい勢いで予選を勝ち上がり、結成5カ月で決勝戦に進出。決勝の舞台では2本のコントを披露して、会場を爆笑の渦に巻き込んだ。

にゃんこスターは単に見る人を笑わせただけではない。1本目に披露した「縄跳び」のコントで、一気に会場の空気を自分たちの色に染めてしまった。審査員の1人である松本人志は「97点」という高得点をつけて、「まんまと(点数を)入れさせられたっていう感じがしますね」とコメントした。

にゃんこスターが舞台を降りた後も、衝撃の余韻は収まらなかった。続いて出てきたアキナ、GAG少年楽団、ゾフィーの3組はいずれも「にゃんこスター」一色に染まった会場の空気を変えられず、低得点に終わった。

にゃんこスターが演じた「縄跳び」のコントの設定は単純だ。縄跳び好きの少年(スーパー3助)が縄跳びの発表会を見ることにする。すると、女性(アンゴラ村長)が現れて、曲に合わせて小気味よく縄跳びを跳んでいく。ところが、サビに入るとなぜか縄跳びをやめて踊り始めてしまい、少年はそれに力強くツッコミをいれる。

「○○すると思わせておいて、○○しない」という手法は、「スカシ」と呼ばれる基本的な笑いのテクニックである。これだけを武器にしてコントの大会で勝ち上がるというのは、お笑い界の常識では考えられないことだ。だが、彼らはやすやすとそれをやってのけた。にゃんこスターが世間にこれほどの衝撃を与えた理由は何だったのだろうか?

それを一言で言うなら、「バカバカしさを演出するのが上手かった」ということに尽きると思う。『キングオブコント』は日本で最も有名で、最も権威のあるコントの大会である。何千組もの芸人たちがこの晴れ舞台を目指して、1年間かけてみっちりとネタを磨き上げてくる。その中から選び抜かれたファイナリストたちは、優勝という栄冠を狙って必死の思いでネタを演じる。彼らの情熱はオリンピックに出場するアスリートにも引けを取らない。

ただ、お笑いとスポーツで決定的に異なることが1つだけある。それは、緊張感が高まると、それ自体が笑いの妨げになってしまう、ということだ。もちろん、プロとして芸人たちが真剣にコントに打ち込むことは重要なのだが、あまりにも真剣さが露骨に見えてしまうと、かえって受け手が笑いづらくなる。

『キングオブコント』のような注目度の高い大会では、どんなに会場で笑いが起こっていても、そのネタが審査員によって評価され、優劣がつけられるということで、どうしてもある程度の緊張感が生まれてしまう。

笑いとは、緊張がほぐれる瞬間に起きる。桂枝雀の言う「緊張の緩和」理論である。これをお笑いの大会に当てはめると、1つの有効な戦略が見えてくる。大会全体に流れる緊張をほぐすことができたら、誰よりも大きな笑いをもぎ取れるのだ。

今回、にゃんこスターは意図的にそれを仕掛けて、見事に成功した。彼らがそれを狙ってやっていたと思われる状況証拠はいくつもある。

まず、潔く「スカシ」だけで勝負するシンプルなネタの構造がいい。ネタの間、ツッコミ役のスーパー3助はずっとしゃべり続けて、アンゴラ村長の縄跳びパフォーマンスを見る人の気持ちを代弁し続けている。これは、映画に字幕が付いているようなもの。煩わしいと思う人もいるかもしれないが、彼の言葉を追うだけでネタを楽しめる、という利点もある。つまり、彼らは意図的に「これはバカバカしいほど単純なコントである」ということを印象付けようとしているのだ。

ネタの最後に猫と星を組み合わせたイラスト(にゃんこスター?)が描かれた大きな紙を持ち込んで、自分たちのコンビ名を名乗って締めくくるというのも、素人臭さを感じさせる巧みな演出だ。自分たちのコントを「作品」だと考えているような普通の芸人にはまず真似のできない芸当である。

にゃんこスターの2人にとって幸運だったのは、彼らがこの時点で世間的には全くの無名だったことだ。どんなネタをやるのか分からない状況だったからこそ、この戦略が功を奏した。「決勝の舞台では誰もが緊張感たっぷりにネタを演じるはずだ」という予想を裏切り、脱力系のコントを演じた。アンゴラ村長の縄跳びの上手さも、単純な構造のネタの全貌を覆い隠すための格好の隠れみのになっていた。

にゃんこスターは、自分たちのコントを徹底的にバカバカしく見せることで、『キングオブコント』という大会そのものの緊張を緩和して、この日いちばんの大きな笑いを起こしてみせたのだ。

彼らのネタが終わり、採点に移る前に、審査員の松本は苦笑いを浮かべながら「うっとうしいヤツらやな~」と言っていた。それは、プロの技術で素人臭さを演じきり、結果的にそれを笑いに結びつけ、場の空気を変えてしまった彼らに対する最大級の賛辞である。

優勝したかまいたちよりも目立っていたにゃんこスターのもとには、すでにテレビの出演オファーが殺到しているという。これからの彼らにとって最大のライバルとなるのは、この日の自分たち自身である。『キングオブコント』という大会の緊張感そのものを利用した衝撃的なパフォーマンスは、この日限りの「一発芸」でもある。これからテレビで何度も目にするたびに、その破壊力が落ちてしまうのは避けられない。ああ見えて意外と計算高い彼らがテレビの世界をどうやって渡り歩いていくのか、これからも注目していきたいと思う。

作家・お笑い評論家

テレビ番組制作会社勤務を経て作家・お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など、多岐にわたる活動を行っている。主な著書に『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと『めちゃイケ』の終わり<ポスト平成>のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)、『この芸人を見よ! 1・2』(サイゾー)、『M-1戦国史』(メディアファクトリー新書)がある。マンガ『イロモンガール』(白泉社)では原作を担当した。

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