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お金がなくて「草を食べていた」 怪我で「使い捨て」にされる外国人労働者たち

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

7年で約2.5倍に膨れ上がった外国人労災

 今年8月下旬、長野県小諸市で、激しい雷雨の中、野菜畑でサニーレタスの苗を植えていたスリランカ国籍の男性とタイ国籍とみられる女性が落雷を受け、男性1名が死亡、女性1名も日9月9日に亡くなった。事件当日、長野地方気象台は県内全域に雷注意報を発令し、同市周辺では事故前後の2時間で3000回近い落雷が相次いでおり、農家の多くは作業していなかったという。

 本件については現在警察署や労働基準監督署が調査中であり、筆者も事実関係は報道でしかわからないが、労災と判断される可能性がある。彼らが立場の弱い外国人労働者であったことが、苗植えの繁忙期に、わざわざ危険な作業に従事せざるを得なかった原因の一つであった可能性もあるだろう。

 外国人の労災事故が日本国内でニュースになることはあまりない。しかし、実はここ数年、日本国内での外国人の労災被害者数は劇的に増加している。厚労省の労働災害発生状況の調査によれば、2013年から2018年までの6年間で、件数は1548件から2847件へと約2倍に増加し、2019年に至っては、厚労省による把握方法の変更も加わり、実に3928件にまで激増している。

 一方で、筆者はこれらの数字すら氷山の一角に過ぎず、表面化していない被害が膨大にあるものと考えている。長野の落雷事故のような特徴的なケースでは、報道もされてすでに労基署も動いている。しかし、一般的には外国人の立場は弱く、日本語も自由に使えず、日本の制度の理解も難しいため労災事故に遭いやすいだけではなく、「労災かくし」が横行しやすいのである。

 そこで本記事では、外国人労働者の労災事故の実態と、彼らが労災被害を訴えることの困難について、最近の事例を紹介しながら、サポートの必要性について説明していきたい。

「全部労災になっちゃうじゃん」食品スーパー「三和」で労災かくしにあったフィリピン人労働者

 2019年の年間約4000人の外国人労災被害者のうち、半分以上の2183人は製造業における事故である。そこでまずは典型例として、製造業の労災事件を見てみたい。個人加盟の労働組合・労災ユニオンが取り組んでいる事件である。

 紹介するのは、神奈川県内の約50店舗を軸として、関東圏に展開する食品スーパー「三和」で起きた外国人労災だ。三和では、この食品スーパーで販売する惣菜や弁当を神奈川県内の工場で製造していた。この工場で勤務していたフィリピン国籍の女性Aさんが、労災被害、そして労災かくしに遭ってしまった。

 Aさんは3ヶ月更新の有期雇用で、1日8時間・週5日勤務で勤務をしており、フルタイムで懸命に勤務していた。ところが、2019年1月、同工場の食品加熱部門で作業中、惣菜を載せた鉄板がオーブンのベルトコンベアーから出てきた際、惣菜が背の低いAさんの顔の近くに落ちてきそうになり、鉄板を押さえたところ、右手の親指を強く打ってしまった。

 この怪我が悪化し、指の関節を動かせなくなる深刻な機能障害を負ってしまった。

 事故の背景の一つには、上司がベルトコンベアーの鉄板の間隔を詰めて作業効率を高め、当日のノルマを早めに終わらせようとしていたという事情があったという。

 ノルマを早期に達成させ、決められたシフトの時間より早くAさんたちを帰宅させ、その分の賃金を払わない(「会社都合の休業」であり、明確な違法行為である)ことで、人件費を節約するという慣習が横行していたのだ。効率の優先により、ベルトコンベアーで安全な業務ができなくなっていた。

 さらに、スーパー三和では、外国人であるAさんに対して、差別的な「労災かくし」を行なった。労災事故によって指の腫れが悪化し、働くことがつらくなったため、Aさんは直属の上司である日本人正社員に相談した。するとこの正社員は、その工場のトップであるセンター長に労災について連絡をしてくれた。

隠される外国人の労働災害

 ところが、直属の上司の回答は、「センター長から「有休使いなさい」「普通の仕事が全部労災になっちゃうじゃん」と言われた」というものだった。工場のトップの判断で、労災の申請を拒否されたというのだ。

 母語がタガログ語で、日本語を自由に使えないAさんにとって、工場のトップに食い下がって日本語で要求を続けることは難しく、労災の制度を詳細に理解することじたいが容易ではなかった。Aさんは泣き寝入りせざるを得ない状況だった。

 実は、同工場ではそれまでも外国人労働者の怪我が相次いでいた。被害者の多くは、労災申請をあきらめているのが実態だったという。それでも、労基署に報告された労災件数も少なくはなく、三和の同工場は「安全衛生管理特別指導事業所」に指定されたばかりで、労基署から目をつけられている状態だった。

 これも、これ以上労災を報告したくないという労災かくしの動機であったのではないかという疑いがある。Aさんはそこから2ヶ月間、指の症状の悪化により働くことができなくなり、収入が途絶え、生活に困ってしまった。

周囲の労働者が「支援」

 ところで、Aさんの場合には、同じ職場で働いていた非正規雇用の日本人の同僚が協力を申し出てくれ、労働基準監督署に労災を申請することができた。三和は労基署への協力を拒否したものの、労災は認定され、治療にかかる「療養補償給付」と「休業補償給付」が認められた。

 その後、今年4月には、労働基準監督署から後遺障害10等級として認定され、労災によって障害が残った際に支給される「障害補償給付」が支払われることになった。そこからAさんたちは労災ユニオンにたどり着き、現在は会社に対して、慰謝料・逸失利益などの補償を要求している。後遺障害10等級の場合、Aさんの年齢などを考慮すると、支払われるべき損失額の相場は1000万円を下らない。

 働けなくなってしまったAさんの今後の人生を考慮すると、それでも十分な額ではないが、食品スーパー三和に責任を取らせ、同じような被害に遭っている外国人労働者のためにも、Aさんは声を挙げている。

三菱グループの労災事故のため、野原の草を食べて生活したパキスタン人労働者

 次に紹介するのは、建設業で勤務していたパキスタン人労働者・アミン・モハマッドさんの労災事故だ。アミンさんは、有限会社彩という会社で正規雇用として働いていた。ところが、2019年7月に足立区内で、三菱グループのゼネコンである株式会社ピーエス三菱が施工主であるマンション建設現場で、重い建材を運んでいる際に、地面のぬかるみに足を取られて転倒、左腰をコンクリート杭に強打してしまった。

 それ以降、アミンさんの足腰には、痛みと痺れが続いている。

 ところが、有限会社彩は「けがをしたのは(建設現場ではなく)別の場所にしろ」「自転車で転んだことにしろ」などと虚偽の説明を強要し、元請会社のピーエス三菱もアミンさんの訴えを認めずに労災申請への協力を拒否。「目撃者がいないからどこでケガをしたかはわからない」とまで言い放ったという。元請会社・下請け会社ぐるみの「労災かくし」であると考えられる。

 その後、アミンさんは約9ヶ月にわたり、雇用関係こそ続いていたものの、賃金も労災の休業補償も得られない中で、子ども2人を含む家族とともに苦しい生活を続けることになってしまった。パキスタン人のコミュニティに頼って生活を支援してもらったり、やむにやまれず野原の草を摘んで調理して食べるなど、ギリギリの生活に追い込まれていた。

 事態が動いたのは、アミンさんが知人に紹介されて、個人加盟の労働組合・東京東部労組に加入してからだった。サポートを受けながら、事実に基づいて事件の経緯を整理し、足立労働基準監督署に労災の申請書を出し直した。そして今年4月、足立労基署は元請会社ピーエス三菱の労災保険によって労災を認定し、アミンさんがマンション建設現場で作業中に労災被害に遭ったことを認定した。

 現在、アミンさんは労災の療養給付と休業給付を受けながら、東部労組とともに、ピーエス三菱らへの謝罪や補償を求めて団体交渉を続けているという。

外国人の労災事件の鍵を握る日本人のサポートの有無

 全国で、上記で紹介したような外国人の労災かくしの事例が相次いでおり、各地の個人加盟の労働組合がサポートに取り組んでいる。

 もちろん、労災かくしは、外国人労働者に限ったことではない。厚生労働省の労働基準監督年報によれば、2018年だけで労働安全衛生法100条違反で90件の書類送検が行われている。これは同年の労働基準法・労働安全衛生法違反の書類送検数約900件の1割を占めており、労災の危険防止措置や賃金未払いに次いで多い。

 しかし、本記事で紹介してきたように、外国人労働者であるがゆえに、差別的な対応を受け、言語や不安定な立場から言い返せなかったり、制度がよくわからなかったりと、公然化されていない労災かくしが多発している可能性は高い。

 日本で働く外国人労働者が激増する中、彼らをサポートする日本人の力が求められている。フィリピン人のAさんの事件も、同僚の日本人の尽力がなければ、労災認定はもちろん労災申請すらできず、労災ユニオンに辿り着けなければ、補償を巡って会社と交渉することもできなかった。パキスタン人のアミンさんも、東部労組に入れなければ、やはり労災認定は難しく、補償を求めることもできなかっただろう。

 ぜひ、同僚や身近な外国人の方が労災事故で困っていれば、ぜひ専門家を紹介してみてほしい。また、外国人の労働相談のサポートをする日本人が増えることも必要だ。筆者が代表を務めるNPO法人POSSEの外国人労働サポートセンターで、外国人の労働相談を支援しており、学生ボランティアも募集している。支援活動にもぜひ多くの方に興味を持っていただきたい。

参考:困っている外国人に「私たちができる」こと 5つのポイントを紹介する

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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