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【米朝首脳会談】最大テーマ「北朝鮮の非核化」は本当に実現できるのか

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
金正恩氏(労働新聞より)

明日12日、歴史的な米朝首脳会談がシンガポールで開催される。最大のテーマが「非核化」だ。アメリカは、完全で検証可能かつ不可逆的な核放棄(CVID)を求める。一方、北朝鮮は「段階的な非核化」を主張している。両者の隔たりは大きいが、そもそも北朝鮮の非核化は可能なのか。

6月1日、金英哲朝鮮労働党副委員長とトランプ大統領が会談(写真ロイター/アフロ)
6月1日、金英哲朝鮮労働党副委員長とトランプ大統領が会談(写真ロイター/アフロ)

今回の記事では、北朝鮮のこれまでの核開発と、仮に非核化となればどれくらいの期間を要するのかなどを専門家の分析を交えて徹底検証したい。

取材に応じてくれたのは、北朝鮮および日米韓の公式資料などをもとに、金正恩体制や国際社会の対北朝鮮政策を分析している聖学院大学政治経済学部の宮本悟教授。もう一人は、世界的にも最先端を走る素粒子物理学者として、独自に北朝鮮の核開発を分析する高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所の多田将准教授だ。

北朝鮮の核開発の実体

2017年11月29日、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」型の発射実験を行った。その際、金正恩党委員長は「国家核戦力が完成した」と高らかに述べた。これをプロパガンダとみるのは簡単だが、宮本氏は、「北朝鮮は核兵器の完成に向けて着々と進んできた」と語る。

宮本悟氏(撮影:一原知之)
宮本悟氏(撮影:一原知之)

「北朝鮮は核開発をすることで体制の存続を図ってきた。小型化や運搬手段(ミサイル)の課題はさておき、核爆弾は1954年に70年以上前の技術で製造された。いくら北朝鮮が遅れている国家とはいえ、それぐらいの技術はあって当然でしょう」

科学者として、北朝鮮の核実験を分析する多田氏も「これまでの北朝鮮の核開発史やデータを見る限り核武装国家であると言っていい」と語る。

多田将氏
多田将氏

北朝鮮の第1次核実験は2006年で、第2次が2009年と3年間空いている。その後、金正恩氏が最高指導者になってから第3次が2013年、第4次が2016年1月、第5次が2016年9月と急増したが、これは何を意味するのだろうか。

多田「一日も早く核兵器を完成させるという目的にむかって、着実に進めてきたと言えるでしょう。最初の2回の核実験の間が3年間空いていますが、科学の実験では初期段階は時間がかかるものです。しかし実験が進めば進むほど、データや修正点が明確になっていき、短期間で実験を行って完成に近づけることができる」

Xデーのウソ

着実にステップアップしてきた北朝鮮の核開発。日本のメディアは、核実験、ミサイル実験の兆候を見せるたびに「Xデーはいつか?」「記念日に合わせて核実験、またはミサイルを発射するのでは?」と騒ぎ立てる。しかし、これは「見当違いである」と両者は口をそろえる。

ICBM「火星15」型(2017年11月29日付け労働新聞より)
ICBM「火星15」型(2017年11月29日付け労働新聞より)

宮本「過去のデータを見れば一目瞭然です。6回の核実験のうち、記念日当日に実行したのは2016年の9月9日(北朝鮮の建国記念日)のみ。弾道ミサイルについては2016年の4月15日に中距離弾道ミサイル『ムスダン』の発射実験(失敗したとみられている)だけです。北朝鮮の文献や過去のデータを調べず、その場限りでコメントする専門家まがいの人々がミスリードしています」

多田「核実験、ミサイル実験を政治的に検証しようとするから、無理な極論に行き着くのです。成功のめどがついた時に、記念日に合わせることはあるかもしれないが、それよりも、成功することを優先して実験しているはずです」

北朝鮮の核実験「順調に進んでいる」

さらに、北朝鮮の核開発のレベルについて多田氏は驚くべきことを口にした。

「北朝鮮が水爆実験に成功している可能性は十分にある。2017年9月の第6次核実験の当日に公表した写真をみてほしい。このピーナッツ型の物体は、水素爆弾のモックアップ(模型)だ。しかし、ここに備えられているデバイスを見る限り、北朝鮮は水素爆弾に必要なすべてのものを理解している」

核開発現場を現地指導した金正恩氏(2017年9月3日付け労働新聞より)
核開発現場を現地指導した金正恩氏(2017年9月3日付け労働新聞より)

そして北朝鮮の核実験については、「驚くほど順調に進んでいる」と多田氏は分析する。

「北朝鮮が貧困国家だからといって核開発ができないというのは大きな間違いです。中国は、今の北朝鮮並に貧困だった1969年に核実験に成功して核保有国家となった。インドもパキスタンも同様です。国家事業として取り組めば、現場の科学者たちのモチベーションもどんどんあがるでしょう」

大量破壊兵器である核爆弾の開発は、もちろん道義的に許されるものではない。しかしどんな分野であれ、科学者が新しい技術を開発する時、「道義的なことにとらわれなくなるのは、ある意味避けられない」という。

多田「かつて核開発に関わった科学者たちが、後にふと我に返り平和運動や反核運動に身を投じて、己を悔いることはよくあることです」

北の核開発については、弾頭の小型化や大気圏再突入などクリアすべき問題は多い。ただそれは、米国に到達可能かどうかのレベルであって、日本をはじめとする周辺国にとっては、すでに核保有国家であることは認めざるをえないようだ。現時点で、北朝鮮は、核弾頭の小型化や大気圏再突入の問題などがクリアできておらず、米国本土を攻撃する能力はまだないという見方もあるが、射程距離は十分に届いているのだ。

「火星15」型の試射を現地指導した金正恩氏(2017年11月29日付け労働新聞より)
「火星15」型の試射を現地指導した金正恩氏(2017年11月29日付け労働新聞より)

宮本「そもそも、核弾頭を搭載したICBMが敵対国に着弾して爆発する実験なんて、どこもやっていないし、できるわけがない。それをした瞬間に戦争勃発です」

米国の北朝鮮攻撃の可能性は低い

昨年、毎月のように「米国が北朝鮮を攻撃する」「米朝開戦は不可避だ!」と言われた。しかし、米国は北朝鮮を攻撃しなかった。もちろん、今後も米国が北朝鮮を攻撃しないという確証はないが、北朝鮮が核保有国家である限り、その可能性は低いようだ。

2017年11月、トランプ政権が北朝鮮をテロ支援国家に再指定(写真ロイター/アフロ)
2017年11月、トランプ政権が北朝鮮をテロ支援国家に再指定(写真ロイター/アフロ)

多田「米国は昨年4月にシリアを攻撃したが、シリアを攻撃しても核戦争にはならない。しかし、北朝鮮とは核戦争を覚悟しなければならない。そうでなくても、日本や韓国に在住する20万から30万人の米国人の生命が脅かされる。米国が本当に北朝鮮との戦争を決断したら、予告なしにいきなり攻撃するでしょうね」

過去の歴史を振り返ると、核爆弾が交戦状態で使用されたのは1945年の広島と長崎のみだ。米国は核爆弾の使用について正当化しているが、いまだにトラウマを抱えているという。いくら北朝鮮の核開発が危険だからといって、そんなに簡単には攻撃できないのだろう。

宮本「過去に核保有国家同士が交戦したことはあります。1969年の中ソ紛争です。昨年も米国が、北朝鮮の一部の核施設を爆撃する『鼻血作戦』の可能性はありえた。しかし、核戦争につながりかねない北朝鮮への攻撃はやはりハードルが高い」

今回、米朝首脳会談が実現したとなると、結果的に核保有国家は攻撃されない傍証となる。北朝鮮はそれを踏まえて核開発に取り組んでいたのだろうか。そもそもなぜ2018年に入って対話姿勢に転じたのか。宮本氏はその背景として北朝鮮の変化より、韓国の変化が大きかったと見る。

金正恩氏(2018年1月1日付け労働新聞より)
金正恩氏(2018年1月1日付け労働新聞より)

文在寅政権の発足、北朝鮮に変化

宮本「北朝鮮は一貫して韓国との対話の可能性について言及してきた。むしろ韓国は李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)と保守政権がつづいて、北朝鮮と対話しない姿勢を貫いてきた。それが昨年、朴大統領の失脚という形で文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足し、北朝鮮との対話を打ち出した。変わったのは北朝鮮ではなく、韓国という見方もできます」

4月27日に行われた南北首脳会談
4月27日に行われた南北首脳会談

韓国の政治的な変化。しかしそれを踏まえても、ここまで北朝鮮が変わるとは予想しなかったと宮本氏は驚く。

一方、多田氏は「金正恩氏が自信をもったのではないか」と語る。

「金正恩氏は、核保有国家として米国と対等な立場で核問題について議論する主張してきた。昨年の核実験と3度のICBM実験を通じて、核保有国家としての自信をえたのかもしれない」

朝鮮人民軍戦略軍を現地指導した金正恩氏(2017年8月15日付け労働新聞より)
朝鮮人民軍戦略軍を現地指導した金正恩氏(2017年8月15日付け労働新聞より)

非核化への高いハードル

北朝鮮がすでに核保有国家だと踏まえよう。だとすると、今回の米朝会談を通じて「非核化」は実現するのだろうか。宮本氏は、「非核化の定義が曖昧だ」と指摘する。

宮本「『非核化の合意』と『非核化の達成』には大きな違いがある。完全な非核化がたった一度の会談で達成するはずがない。そもそも北朝鮮には世界有数のウラン鉱山がある。実験データも蓄積されている。核開発をいつでも再開できる環境にあるのだ。6回の核実験でプルトニウムをどれだけ使用したのか、どれだけ在庫があるのかも不透明です」

多田「北朝鮮は5月末に、豊渓里(プンゲリ)の核実験場を爆破したと報じられました。しかし実験はすでに完了したから、実験場は必要ないと判断しているかもしれない。また核開発のデータや技術者の対処はどうするのか。技術者を海外へ移住させるというが、それは核技術の流出ではないか。また、この数ヶ月間に密かに核爆弾を量産しているかもしれません。非核化を達成する(ため)には、ハードルがいくつも存在する。また時間もかかります」

2010年に訪朝し、北朝鮮の寧辺のウラン濃縮施設を視察したこともある米国の核物理学者ジークフリード・ヘッカー氏は5月28日、「北朝鮮が核兵器廃棄に合意しても非核化作業に最長15年を要する」との報告書を発表した。宮本氏も多田氏も「非核化の合意」と「非核化の達成」には大きな隔たりがあることを踏まえて、北朝鮮の核問題を論じなければならないと語る。つまり、今回の米朝首脳会談をマラソンで例えるなら、「非核化の達成」というゴールを両者で設定して、「非核化の合意」というスタート地点につくことだ。そして、非核化を達成するためには「米朝間でいかに信頼関係が醸成できるかにかかっている」と多田氏は述べる。また、日本が「蚊帳の外に置かれている」という昨今の杞憂について、宮本氏は「焦ることはない」と言う。

宮本「文在寅政権は、南北間だけでは非核化は達成できないと悟ったから米朝間の仲介に臨んだ。日本も部外者にならざるをえない。蚊帳の外で当たり前だし、非核化の達成もどう転ぶのかはわからない。焦ることなく北朝鮮にアプローチする方策を考えることが必要だ」

北朝鮮の非核化へ向けた動きは、ようやく始まろうとしたばかりだ。具体的な非核化の内容も含めて、これから議論がはじまるのだ。そのゴール如何によっては、日本の核武装論も議論されるときが来るかもしれない。いずれにせよ、北朝鮮の非核化問題をきっかけに、核問題についてタブー視することなく議論することが必要だろう。

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(非核化の合意以降、完全な非核化までに必要なプロセス 作成:編集部)

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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