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世界最高峰の二塁守備の名手、菊池涼介を獲得するメジャー球団が現れなかった5つの要因

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
メジャー挑戦を断念して広島に残留する菊池涼介(三尾圭撮影)

 広島カープからポスティング・システムでメジャー移籍を目指していた菊池涼介が、メジャーへの移籍を諦めて、カープと新たに4年契約を結んだ。

 「野球をやっている以上、トップレベルでやりたい」とメジャーへの思いを口にしていた菊池だが、「フリーエージェント市場の動きが遅いこともあり、その状況が続くのであれば僕の思いをくんで快く出してくれたカープ球団に残ることを伝えた方がいいという決断に至りました」と自らの夢を封印して、カープに残留する道を選んだ。

 「まだ交渉の日にちはわずかに残っていますが」と菊池が言うように、ポスティング期限はまだ締め切ってはいないが、菊池自らがケジメとして来年1月2日の交渉期限を待たずに残留を決断した。

 メジャーのスカウトから「世界最高峰の二塁守備の名手」との評価を受けた菊池を獲得するメジャー球団が現れなかった要因といて以下の5つが挙げられる。

1.二塁手が多かった今オフのFA市場

 今オフシーズンは、フリーエージェントとして市場に出回った二塁手が多かった。

 2019年のWARが1.0以上を記録したポジション別のFA選手の数を見てみると、捕手6名、一塁手3名、二塁手10名、三塁手6名、遊撃手1名、左翼手3名、中堅手3名、右翼手6名、指名打者2名で、二塁手が圧倒的に多い。

 WARとは代替可能選手に比べてどれだけ勝利数を上積みできたかの指標であり、WARが0の選手はマイナーリーグの選手でも代役が務まるレベルで、1.0以上は先発クラス、4.0以上がオールスター・レベル、6.0以上がMVPレベルの選手と評価される。

 今オフの二塁手市場はオールスター・レベルの目玉選手はいないが、レギュラーを任せられる選手は豊富。

 2.6で最もWARが高かったエリック・ソガードが12月20日にミルウォーキー・ブリュワーズと450万ドル(約4億9500万円)で1年契約。WAR1.3のジョナサン・スコープは12月21日にデトロイト・タイガースと610万ドル(約6億7100万円)で1年契約に合意した。

 WARが1.0以上のFA二塁手で、契約を手にしたのはこの2選手だけで、ともに単年の契約しか与えられていない。まだまだ、メジャー・レベルの二塁手がFA市場に多く売れ残っている状態は菊池にとってマイナスに働いた。

 ちなみに、菊池の2019年度日本プロ野球でのWARは3.8で、秋山翔吾の5.1よりは低いが、筒香嘉智の1.5よりは高かった。

菊池涼介の守備力はメジャーでもトップクラスとの評価を得ていた(三尾圭撮影)
菊池涼介の守備力はメジャーでもトップクラスとの評価を得ていた(三尾圭撮影)

2.フライボール革命とシフト偏向による二塁手の守備力軽視

 メジャーでブームになっているフライボール革命によって、フライが増えてゴロは減っている。

 加えて、打者――とくに左の強打者――に対する守備シフトが増加した結果、二塁手に対する守備力が以前ほど問われなくなってきている。

 左打者に対するシフトでは、一二塁間に内野手を3人置き、ニ三塁間には1人しかいない。この結果、二塁手の守備範囲が狭まっている。

 ここ数年は守備力の高い二塁手をセンターにコンバートするケースも増えている。これもまた、多くのチームが二塁手の守備力を軽視している傾向の現れだ。

過去2シーズンのゴールドグラブ賞獲得二塁手の成績。2018年のキンズラーはエンゼルスとレッドソックスの2球団でプレー(三尾圭作成)
過去2シーズンのゴールドグラブ賞獲得二塁手の成績。2018年のキンズラーはエンゼルスとレッドソックスの2球団でプレー(三尾圭作成)

 過去2年間のゴールドグローブ賞獲得二塁手の成績を見てみると、守備率では菊池は2018年のDJ・レメヒューと同率のトップで、試合平均のアウト寄与数を表すレンジファクター(RF/9)もメジャーの名手たちを大きく引き離してのトップ。日本野球とメジャーの違いはあるので単純比較はできないが、菊池の守備力がメジャーでもトップクラスとして通用することの目安にはなる。

 守備が売り物の菊池にとって、自慢の守備力が高い評価を受けないのだから大きな痛手となった。

3.出塁率の低さ

 菊池の打力を心配する声が多いというのは、菊池がメジャー挑戦を表明した当初から言われていた。2019年の打率はセントラル・リーグで規定打席に達した30選手中25位の.261。日本でも打撃が悪い部類に入ってしまうのだから、レベルがさらに高いメジャーの投手を打てるのかとメジャー球団が懸念するのも当然である。

 菊池の打率が低くても、選球眼が良くて四球が多い打者だったら、評価はまた違ったものとなったはずだ。

 「マネーボール理論」では単打と四球は同じ価値があり、アウトにならずに塁へ出ることが重要視される。2019年の菊池の出塁率は.313で、30選手中26位。四球率は6.6%で、こちらも24位だ。

 筒香は出塁率.388(セ・リーグ6位)、四球率15.8%(セ・リーグ3位)で、秋山も出塁率.392(パ・リーグ6位)、四球率11.5(パ・リーグ10位)。このオフに菊池と同じようにメジャーへ挑戦して、メジャーから高い評価を得た2人の打者は、ともに高い出塁率を誇っている。

超一流の評価を得た守備とは対処的に打撃に関しては不安視する声が多かった菊池涼介(三尾圭撮影)
超一流の評価を得た守備とは対処的に打撃に関しては不安視する声が多かった菊池涼介(三尾圭撮影)

4.過去の日本人内野手の失敗

 松井稼頭央、中村紀洋、西岡剛、川崎宗則、中島裕之、田中賢介。これまでにメジャーに挑戦してきた日本人選手で、最もメジャーの壁に苦しんだのが内野手だ。

 ワールドシリーズ出場を果たした松井稼を失敗と呼ぶのは語弊があるが、渡米当初は大きな期待を浴びていたので、期待通りの働きをしたとは言い難い。中村、西岡、中島、田中の3選手はメジャーに定着でなきなかった明らかな失敗例で、川崎も存在感を示せたのはムードメーカーとしてで、肝心なプレーでの貢献度は低かった。日本人内野手で期待に見合った働きをしたのは井口資仁と岩村明憲の2選手くらいで、それ以外はメジャーで苦しんだ。

メジャーリーグに挑戦した日本人選手のメジャー移籍前年の日本とメジャー1年目の成績(三尾圭作成)
メジャーリーグに挑戦した日本人選手のメジャー移籍前年の日本とメジャー1年目の成績(三尾圭作成)

 8人の日本人内野手の中でメジャー移籍前年の打率が3割に満たなかったのは中村と川崎の2人。2人とも2019年の菊池と同じような打率だったが、メジャー1年目は打率2割にも満たなかった。

 他の日本人選手の成績を評価の対象にするのはフェアではないが、メジャーでの実績が皆無な選手への判断材料としては的外れなデータでもない。

 メジャーには「メンドーサ・ライン」と呼ばれる言葉がある。これは1970年代から80年代にかけてピッツバーグ・パイレーツなどで主にショートとしてプレーしたマリオ・メンドーサの打率が2割前後だったことから、打率2割を下回ったときに「メンドーサ・ラインを割る」と言った感じで使われる。いくら守備に秀でていても、メンドーサ・ラインに届かないような選手はメジャーに居場所がなく、菊池がメンドーサ・ラインを超える成績を残せると確信するのは難しい部分もあった。

松井稼頭央(左)と岩村明憲(右)はともにワールドシリーズでもプレー(三尾圭撮影)
松井稼頭央(左)と岩村明憲(右)はともにワールドシリーズでもプレー(三尾圭撮影)

5.ユーティリティ性の欠如

 最近のメジャーリーグは、複数のポジションを守れる選手を好む。内外野を守れるスーパー・ユーティリティ・プレーヤーが重宝され、絶対的なレギュラー野手以外は、2つ以上のポジションの掛け持ちが普通になってきている。

 菊池がショートも守れる選手であれば、もっと多くの球団が菊池の獲得を積極的に検討したと言う専門家は多い。

 今オフのFAの市場は人材豊富な二塁手とは対照的に遊撃手が不足しており、WARが1.0以上なのはホゼ・イグレシアス(1.6)だけである。

 球団によっては左打者に対する守備シフトの際に、三塁手を二塁手の隣に配置して、広い二三塁間を遊撃手に任せるケースもある。二塁手の守備力は問われなくなってきているが、ショートはいまだに守備力が重要なポジション。

 菊池は三塁手として1試合、ショートでも20試合しかプレー経験がなく、2014年以降は二塁手だけに専念している。ショートを任せるには肩が不安と言うスカウトもおり、二塁でしか使えないのは魅力に欠けてしまう。

 ここでも筒香は一塁、三塁、左翼と万能性が評価されたし、秋山も外野の3ポジション全てを任せられる。投手の山口俊も先発でもブルペンでもできる使い勝手の良さを買われており、今オフはメジャーに挑戦する日本人選手にとって「万能性」がキーワードとなっている。

タイミングが悪かった菊池のメジャー挑戦

 菊池のメジャー挑戦は総じてタイミングが悪かった。

 FA市場に二塁手が手薄な年であれば自らの価値がもっと上がっていただろうし、打率.315、出塁率.358を記録した2016年のような打撃成績を残したシーズン直後にメジャーへ挑戦していれば、打撃面でこれほどマイナスな評価も受けなかったはずだ。

 二塁手に守備力よりも打力を求めるトレンドも菊池への評価を下げる要因となったが、このトレンドが浸透したのもここ数年のこと。

 今回、広島と4年契約を結んだので、年齢的にメジャーへの再挑戦も断念したと考えられる。

 世界最高峰のレベルでプレーする夢は散ってしまったが、代わりにオリンピックの舞台でプレーするチャンスは掴んだ。五輪で攻守両面で活躍して、世界最高の二塁手であることをもう一度証明してもらいたい。

メジャーでプレーする夢は断念した菊池涼介だが、東京五輪ではサムライジャパンを世界一に導く活躍を期待したい(三尾圭撮影)
メジャーでプレーする夢は断念した菊池涼介だが、東京五輪ではサムライジャパンを世界一に導く活躍を期待したい(三尾圭撮影)
スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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