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新型肺炎 1日で感染者1万5000人増の衝撃 封じ込め作戦は破綻したのか 湖北省・武漢市トップを更迭

木村正人在英国際ジャーナリスト
中国上海市で新型コロナウイルスの感染をマスクなどで防ぐ市民(写真:ロイター/アフロ)

死者も1日で255人増

[ロンドン発]新型コロナウイルス肺炎が中国湖北省武漢市から世界中に広がっている問題で、米ジョンズ・ホプキンス大学CSSEの集計で13日、死者1300人、感染者6万人を突破。1日の感染者数(日計)は約1万5100人とこれまでの最高だった約4000人を大幅に上回りました。

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専門家による統計サイト、worldometerによると、死者の数も日計で12日に255人を記録。10日の108人を上回りました。1月23日以降、武漢市とその周辺の5600万人を“集団隔離”した封じ込めは功を奏していないのでしょうか。

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中国共産党中央委員会は湖北省党委員会書記(省のトップ)蒋超良氏の後任に習近平国家主席の側近、応勇・上海市長を、武漢市党委員会書記(市のトップ)馬国強氏の後任に山東省済南市党委員会書記、王忠林氏を充てる人事を発表しました。更迭人事です。

感染者の基準を改めた中国

習近平氏は新体制で新型コロナウイルス対策を強化する考えです。新型コロナウイルスの死者や感染者の数が突然、急増したのは中国が基準を国際基準に近づけたからでしょう。これまでに確認された感染者6万332人のうち4万8206人が湖北省に集中(約80%)しています。

英BBC放送によると、湖北省は、標準的な核酸検査だけに頼らず、発熱やコンピュータ断層撮影(CTスキャン)で肺に症状が見られた患者も新型コロナウイルスの感染者としてカウントするようになったそうです。

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英インペリアル・カレッジ・ロンドンMRCセンターも中国の感染者数が重症化した患者に限られているのに対し、中国国外の感染者には症状が現れていないマイルドなケースも含まれていると指摘していました。

「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者は218人に

一方、横浜港で隔離されているイギリス船籍のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で新たに44人の感染が確認され、感染が確認された乗員乗客は計218人となりました。中国国外では最大の感染者数です。クルーズ船は感染症に脆弱で、「海に浮かぶ培養皿」と呼ばれているほどです。

加藤勝信厚生労働相は当初の14日間船内に隔離する方針を改め、13日、80歳以上の高齢者や持病のある人、窓のない船室の乗客から優先的にウイルス検査を受けてもらい、下船させるという人道的な配慮を示しました。

船内に残された約3500人のうち、80歳以上の高齢者が200人もいるそうです。日本のウイルス検査能力に限界があるとは言え、もう少し早く判断できなかったのか後々、論議を呼ぶのは避けられないでしょう。

「ダイヤモンド・プリンセス」は1月20日に横浜港を出港。25日に香港で下船した男性から感染が確認されたため、2月3日から感染症の国内侵入を防止するため検疫法に基づき検疫を実施していました。感染予防を徹底した5日から14日間、船内に留め置く方針でした。

感染の広がりを見ると乗客と接触する機会が多い乗員が感染経路として疑われます。新たに感染者が見つかり、接触が疑われた場合、隔離期間はさらに14日間延長されます。いつまでも乗員乗客の忍耐が続くわけがなく、全員検査態勢の構築を急ぐ必要があります。

1879年の「海港虎列刺病伝染予防規則」

感染症が大きなニュースになると必ずと言って良いほど新聞のコラムに登場するのが「コレラ船」の話です。幕末の開国で外国との交易が盛んになり、感染症を水際で防ぐため1879年「海港虎列刺(コレラ)病伝染予防規則」が公布されました。

その年、コレラが流行していた清(現在の中国)からやって来たドイツ船ヘスペリア号が検疫を拒否し、横浜に入港しました。当時、列強のドイツには治外法権が認められており、日本は手出しできませんでした。

因果関係ははっきりしませんが、その後、日本ではコレラが大流行し、死者10万人を数えました。

コレラの感染者が見つかり、入港できないまま沖に繋がれた船は「コレラ船」と呼ばれました。第二次大戦終戦の直後、中国大陸などから引揚船が次々と帰港した際、船内でコレラ患者が見つかり、祖国を前に船内で死亡した復員兵も少なくありませんでした。

「コレラ怖ぢ蚊帳吊りて喰ふ昼餉かな」

俳人であり、エッセイストの夏井いつきさんの「絶滅寸前季語辞典」(筑摩eブックス)の中に「コレラ船」が載っています。コレラ船は晩夏の季語でした。

「コレラ怖(お)ぢ蚊帳吊(つ)りて喰(く)ふ昼餉(ひるげ)かな」杉田久女

「コレラ船いつまで沖に繋(かか)り居る」高浜虚子

西アフリカでエボラ出血熱が流行した2014年の朝日新聞天声人語では日野草城の「月明や沖にかゝれるコレラ船」という句も紹介されています。

「ころり」と恐れられたコレラの感染を恐れて蚊帳の中で昼食をとる家族の姿を描写した杉田久女の句について夏井さんはこう記しています。

「このような心理はどの時代の誰の心にも潜んでいる。正しい情報が正しい判断を生むという当たり前のことを、常に確認し続けておかないと、一生コレラ蚊帳の中から出てこられない人間になってしまうだろう」

今は新型コロナウイルスを世界に広めた中国や「ダイヤモンド・プリンセス」を留め置く日本を責めている場合ではなく、協力して支援することが大切です。「コレラ船」の時代よりグローバル化とクルーズ船の大型化が進んだ今、感染症と闘う私たちの科学力と人間性が改めて問われています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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