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EU離脱合意を英下院が230票の大差で否決 「合意なき離脱」に突き進む英国に残されたシナリオとは

木村正人在英国際ジャーナリスト
メイ首相のEU離脱合意が大差で否決され、歓喜する残留派の市民(筆者撮影)

[ロンドン発]3月29日が期限の欧州連合(EU)離脱を巡る協定と政治宣言の採決が1月15日、英下院で行われ、賛成202票、反対432票という歴史的な大差(230票差)で否決されました。議会前の広場では、離脱決定を覆す2回目の国民投票を求めるEU残留派の市民グループが緊急集会を開き、「国民に投票を(ピープルズ・ボウト)」と連呼しました。

これを受けてテリーザ・メイ英首相は「合意なき離脱」を回避するためEUとの再交渉を迫られます。しかし、先行きは全く見通せません。

メイ首相の離脱合意は、EU単一市場・関税同盟・欧州司法裁判所の管轄権からの完全離脱を求める強硬離脱(ハードブレグジット)派と、単一市場・関税同盟へのアクセスをできる限り残す穏健離脱(ソフトブレグジット)派の「折衷案」にならざるを得ませんでした。

このため、双方から厳しい批判にさらされました。

下院における大差の否決で、メイ首相に残された選択肢は次の通りです。世論調査会社YouGov(1月11、12日実施)での支持率は最後の数字です。

(1)「メイ首相の離脱合意」か「EU残留」か、2回目の国民投票を実施 36%

最近の世論調査では、2回目の国民投票が実施された場合、53%が残留、47%が離脱に投票すると答えており、2年半前の国民投票で示されたEU離脱の民意が撤回される可能性もある。

離脱派が大半を占める保守党は2回目の国民投票には反対。しかし、最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は「隠れ離脱派」で、解散・総選挙に追い込むのを最優先にしている。

(2)「合意なき離脱」 31%

下院は1月8日の採決で「合意なき離脱」になった場合、政府が緊急予算のため増税する権限に歯止めをかけた。下院の過半数は「合意なき離脱」に反対している。政府が「合意なき離脱」を回避しなければ、下院で内閣不信任案が可決される可能性が高い。

(3)「より良き合意」を求めて再交渉。改めて下院で採決 11%

メイ首相は最大の争点である北アイルランドとアイルランド国境のバックストップについて「恒久的ではない」という法的な保証を取り付けるため、EUとの再交渉に臨むことになるだろう。

バックストップとは、今年4月以降に始まる新たな通商交渉が決裂した場合「目に見える国境」が復活するのを避けるため、暫定的に英国全体がEUの関税同盟に留まり、北アイルランドは単一市場の大半に残るという安全策だ。

法的拘束力がない政治宣言は文言を変更できても、バックストップについてEU側が譲歩する見込みは極めて薄い。

再交渉が長期化する場合は、3月29日の離脱期限を延長しなければならない。そのためには英国の要請を受け、EU首脳会議が全会一致で同意する必要がある。

(4)解散・総選挙

首相の解散権を制限した2011年議会期固定法での早期解散は、内閣不信任案が可決されて 14 日以内に次の内閣をつくれない場合か、下院の議員定数の 3 分の 2 以上の賛成で早期総選挙の動議が可決された場合に限られる。

労働党のコービン党首はメイ首相の離脱協定が下院で否決されたことを受け、内閣不信任案を提出。与党・保守党内のEU残留派と目される20人が同調すれば内閣不信任案が可決される可能性があるが、16日の採決では否決される見通し。

(5)メイ首相が退陣

英国最大のブックメーカー(賭け屋)、ウィリアム・ヒルの広報責任者ルパート・アダムズ氏は「下院での否決を受けて、メイ首相が今週中に辞任する可能性はほとんどない。しかし、今年中にメイ首相が辞任する確率は77%だ」と断言する。

辞任する時期と倍率は次の通り。

2019年 2/7(1.28倍)

2020年 9/2(5.5倍)

2021年 12/1(13倍)

2022年以降 10/1(11倍)

(6)離脱手続きの撤回

欧州司法裁判所は、EU側の同意がなくても英国単独で離脱手続きを撤回できるとの判断を示している。

「合意なき離脱」なら英国経済は8%縮小

国際通貨基金(IMF)は、「合意なき離脱」でEUとの貿易が世界貿易機関(WTO)ルールに基づいて行われるようになった場合、英国の国内総生産(GDP)は5~8%、平均で6%縮小するだろうと警告。

英中央銀行・イングランド銀行も移行期間がない場合、英国のGDPは8%落ち込むと予測。住宅価格は3分の1下落、英通貨ポンドも4分の1下がり、世界金融危機の時よりひどい景気後退に見舞われると警鐘を乱打しました。景気が回復するのは2023年末だそうです。

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「合意なき離脱」になった場合、失業率は5.75~7.5%に跳ね上がる見通しです。

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「合意なき離脱」で移行期間がない場合、英ドーバーと仏カレーでEU域外の「第三国」と同じ通関や出入国管理の手続きが行われるため、内閣府は最大6カ月間は支障が出ると注意を促しています。

議会前広場に集まった自由民主党の地方議員ペッパー・ヘイリングさん(53)は「メイ首相の離脱合意では私たちは貧しくなり、安全ではなくなることが明らかだ。国民医療サービス(NHS)も医師、看護師、薬品不足に陥る。情報が出そろった今、もう一度、国民投票を実施して民意に問うべきだ」と訴えました。

英国のEU離脱を巡る研究プラットフォーム「変わりゆく欧州における英国(The UK in a Changing Europe)」を率いるキングス・カレッジ・ロンドンのアナンダ・メノン教授は「誰もが未知の領域に入っていることを認識している」と危機感を強めています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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