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北朝鮮に対する「戦略的忍耐はもう止めだ」堪忍袋の緒が切れたトランプ 中国に圧力

木村正人在英国際ジャーナリスト
アメリカの大統領トランプとホワイトハウスで会談した韓国の大統領、文在寅(写真:ロイター/アフロ)

アメリカの大統領ドナルド・トランプと韓国の大統領、文在寅(ムン・ジェイン)が6月30日、ホワイトハウスで初めて会談しました。北朝鮮の核・ミサイル開発を全く止められなかった前大統領バラク・オバマの「戦略的忍耐」について、トランプは「失敗した。戦略的忍耐はもう止めだ」と述べる一方で、米韓自由貿易協定(FTA)については韓国の一方的な利益になっていると「再交渉」を突きつけました。

中国の海運会社や銀行に制裁発動

IHSマーキットのアジア太平洋首席エコノミストが最近の米韓関係の動きをまとめています。

(1)アメリカの財務長官スティーヴン・マヌーチンが北朝鮮の核・ミサイル計画に関連して中国の海運会社「大連寧聯船務有限公司」と中国人2人を制裁対象に加える

(2)北朝鮮のマネーロンダリング(資金洗浄)に関わったとして、中国の丹東銀行を制裁。米財務省金融犯罪取締ネットワークは丹東銀行をアメリカと世界の金融システムの中から締め出す(以上が新たに発動された第2次制裁)

(3)米財務長官マヌーチンはハンブルグで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議サミットで北朝鮮の違法活動に対する制裁強化について協議することを示唆

(4)北朝鮮の核・ミサイル開発や違法な資金集め、マネーロンダリングに協力した銀行への制裁(第2次制裁)はさらに拡大する見通し。国際的に活動する銀行はこうした違法活動に取引先が関わっていないか確認する手段を設けるとみられている

(5)トランプが、2012年に発効した米韓FTAの再交渉を提案。昨年、アメリカの対韓国貿易(「財」と「サービス」)赤字は170億ドルに達している。「財」だけでみると、アメリカの貿易赤字は277億ドルにのぼっているが、「サービス」ではアメリカの貿易黒字は107億ドルだった

(6)韓国サムソン電子が米韓首脳会談の前に、2020年までに、オースティンとテキサスの半導体工場に15億ドル、1000人の雇用を生み出すサウスカロライナに家電製品の工場新設に3億8000万ドルの計19億ドルをアメリカに投資すると発表

日本にとっても韓国にとっても北朝鮮の核・ミサイル開発は安全保障上の危機ですが、アメリカの失業者を支持基盤に持つトランプにとっては日本の自動車と、韓国のスマートフォン(多機能携帯電話)など電化製品は経済上の脅威として映っているようです。

「第2次制裁は長年の懸案事項」

オバマ政権の8年間、北朝鮮の瀬戸際戦略に引きずり込まれてご褒美(経済援助)を与えてしまわない「戦略的忍耐」をとってきましたが、北朝鮮は核実験やミサイル発射を次々と強行し、韓国や日本を核攻撃の射程に収める事実上の「核兵器保有国」になってしまいました。

少なくとも今後4年のうちに北朝鮮がアメリカ本土を核攻撃できる能力を身につける恐れが出てきて初めてアメリカは重い腰を上げたわけです。しかし、カギを握っているのは日本や韓国、そしてアメリカでもなく、中国なのです。

シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)のアメリカ本部長マーク・フィッツパトリックはIISSのコメンタリーの中で「オバマ政権下の昨年9月以来、初めて発動された第2次制裁は北朝鮮に十分な圧力をかけない中国に対するトランプのフラストレーションの現れです。こうした制裁は長年の懸案になっていました」と指摘しています。

トランプ政権は、北朝鮮の核・ミサイル基地を攻撃して破壊するという「先制攻撃」の選択肢を今のところ引っ込めたようです。北朝鮮の核・ミサイル開発に詳しいフィッツパトリックの分析を見てみましょう。

「中国は北朝鮮問題を解決しようとしないことをトランプには前もってはっきり伝えておくべきでした。中国は朝鮮半島における緩衝地帯(北朝鮮)を維持するとともに、北朝鮮が崩壊して大量の難民が中朝国境に押し寄せないよう多大な投資を行っています。しかし、その一方で、北朝鮮崩壊というリスクがなかったら、中国は北朝鮮の核・ミサイル開発を助ける銀行やビジネスを止めるためもっと協力していたでしょう」

フィッツパトリックによると、今回、発動された第2次制裁の中で最も重要なのは丹東銀行への制裁だそうです。これで、アメリカの金融システムから排除されることを恐れる他の中国の銀行が北朝鮮とのいかなる違法ビジネスも止める可能性が高まります。

「中国企業がブラックリストに載った北朝鮮の活動に関わっている証拠を見つけるのは難しいことではありません。韓国の研究所と協力して昨年8月に発表されたワシントンの調査グループC4ADSの報告書は、中国と強いつながりを持つ北朝鮮の複雑で広範囲な貿易システムを明らかにしました。北朝鮮の違法な資金稼ぎグローバルシステムを脅かすロジスティック上のチョークポイントまでリストアップしています」

C4ADSの報告書によると、ある中国企業は昨年6月に弾道ミサイルの誘導装置に使える部品など79万ドルを輸出するなど、特定の中国企業群は制裁されることを恐れずに堂々と北朝鮮との取引を続けていたと言います。

「昨年9月に発動された中国丹東市のダンドン・ホンシャン・インダストリアル・デベロップメント・カンパニー・リミテッドに対する第2次制裁を見れば分かるように、(中国との)協力が必要です。米紙ウォールストリート・ジャーナルによると、6月初めにトランプ政権は中国に対して10の企業や個人に対して行動を起こすよう求めています」

「台湾への武器輸出は逆効果」

中国に対して対北朝鮮制裁の強化を迫るため、台湾への武器輸出と結びつけるのは逆効果だと、フィッツパトリックは強調しています。

6月29日にはマレーシア政府が炭鉱や建設現場で働く北朝鮮労働者に対する労働許可証を出すのを止めました。マレーシアでは今年2月、北朝鮮の指導者で朝鮮労働党委員長、金正恩(キム・ジョンウン)の異母兄、金正男(キム・ジョンナム)が暗殺されています。フィッツパトリックは新たな国連の制裁決議を通じて、北朝鮮の核・ミサイル開発に使われる資金の流れを止めなければならないと呼びかけています。

その前にトランプは癇癪を起こした子供のような立ち居振る舞いをすぐに止めるべきです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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