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タバコと「花粉症」の関係を探る

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 これからの季節、花粉症が猛威をふるうようになる。筆者は幸い免れているが、花粉症の人はしばらくマスクを手放せないだろう。日本における花粉症の罹患率は近いうちに40%に達し、その医療費負担額は年間2000億円以上といわれている(※1)。

タバコは免疫抗体を増やす

 アレルギー反応にはいくつか種類があるが、花粉症は食物アレルギーやアトピー性皮膚炎と同じ種類のアレルギーだ。基本的にこれらのアレルギーは、身体の免疫系のバランスが崩れて起きる。

 花粉症は、植物の花粉によるアレルギー性鼻炎でスギやヒノキ、ブタクサ、カバノキの仲間、イネ、ヨモギなどが花を咲かせる季節に発症が多い。日本は南北に長いので花粉の季節も地域によって差があり、九州では1月からスギ花粉が飛散し始め、北海道では6月くらいまでヒノキの花粉が残る。

 ところで、タバコとアレルギーとの関連については古くから疫学的な研究が多い(※2)。生理的な研究でも、タバコに含まれるタールやニコチンが免疫システムに重要な役割を果たすタンパク質の発現を抑制することはよく知られている(※3)。

 だが、花粉症とタバコの関係については長く議論が続いてきた。

 タバコの煙はアレルゲンではないが、アレルギー性喘息の原因と考えられている。オーストラリアのメルボルン大学の研究者によるタスマニア島の7歳児8585人を調べた調査研究(※4)によると、母親が喫煙した場合、子どもが喘息になるリスクは1.26倍(オッズ比、信頼区間1.05-1.51)だった。一方、父親の喫煙による影響はわからなかったという。

 アレルギーの原因になる免疫抗体(IgE、免疫グロブリンE)を使った米国の研究(※5)によれば、女性より喫煙率の高い男性のほうが、また喫煙者のほうが、よりIgE値が高かった。また、受動喫煙についても同じような結果が示唆されたが、女性でのみ統計的に有意な差が出たという。

 

 2000年にフランスで行われた子どもに対するアンケート調査(7798人)によれば、皮膚の発疹25.2%、鼻炎12.9%、喘息9.9%、アトピー性皮膚炎25%となり、そのうちの8.3%が両親の喫煙が、21.6%が妊娠中を含む母親の喫煙が影響しているとしている(※6)。特に母親の妊娠中や育児中の喫煙により、子どもが喘息やアレルギー反応による呼吸の雑音(喘鳴)を起こすリスクは1.24倍(オッズ比)、喘息になるリスクは1.22倍(オッズ比)となっている。

 2017年にサウジアラビアで行われた調査(※7)によれば、成人男女の32.8%にアレルギー性を含む鼻炎がみられ、特に若い男性に特徴的な症状だった。また、喫煙と鼻炎との間には有意な関連性が認められたという。

なぜ花粉症にかかりにくくなるのか

 だがその一方で、タバコの煙がアレルギー反応を抑える効果があるのではないか、という研究も散見される。スウェーデンの研究者による喫煙者を含む大人6909人(16〜49歳)とその子ども4472人(3〜15歳)のアレルギー性喘息とアレルギー性鼻炎の患者を調べた研究(※8)によると、喫煙者やその子どものほうがアレルギー反応による喘息や鼻炎にかかるリスクが低くなる(0.7〜0.9オッズ比)ことがわかったという。

 高山コホート研究は、岐阜県の旧高山市で1992年から行われてきた疫学調査で34万人以上のデータが蓄積されている。この高山コホート研究からスギ花粉症の集団12221人(男女、35〜69歳)で2002年までの10年間の追跡調査(※9)を行ったところ、非喫煙者よりも喫煙者のほうがスギ花粉症患者が少ない傾向(男女ともハザード比0.64)があった。

 埼玉県の職域健診受診者(男性9733人、女性3071人)を対象にしたアンケート調査(※10)によれば、非喫煙者に比べ、過去喫煙者でリスクが0.76倍(オッズ比、以下同)、少量喫煙者0.64倍、中量喫煙者0.38倍、多量喫煙者0.25倍となった。この調査をした医師によれば、鼻炎有病率は喫煙量が多いほど低く、女性のほうが喫煙量が少ないため、鼻炎有病率は女性のほうが高かったという。

 タバコがアレルギー反応に対して悪影響を与えているのは明らかだが、スギ花粉症などのアレルギー性鼻炎に関しては必ずしもそうではないのかもしれない。

 では、なぜ喫煙者に鼻炎の発症者が少ないのだろうか。そもそも花粉症がひどい人はタバコに手を出さないだろうし、タバコを吸っていても花粉症のせいで禁煙する可能性も高いということもありそうだ。

 アレルギー反応やアレルギー性疾患を引き起こすヒスタミンに対する過敏性が喫煙で低下するともいわれ、タバコとアレルギー反応との関係はアレルゲンの種類(ダニ、花粉、ネコなど)によって異なるのではないかとも考えられている(※11)。前出の埼玉県で調査した医師の論文(※10)によれば、以下の3つの理由が想定できるという。

  • 喫煙によって鼻の粘膜に炎症が起きたことで、花粉というアレルゲンへの反応性が低下しているのではないか。
  • いわゆる「衛生説」として生活環境が清潔になったせいで免疫系で働く細胞(ヘルパーT細胞、Th1)が弱り(→Th2へ)アレルギー反応が出やすくなっているが、喫煙という「不衛生」な環境でそれが阻害されているのではないか。
  • タバコが末梢血管を収縮させたり免疫反応を抑制させていることで、鼻炎の発症を抑制しているのではないか。

 だが、仮にこれらの理由が正しいとしても、タバコが身体にとっていい影響を及ぼしているわけではない、とこの調査をした医師はいう。結果として、たまたま鼻炎の症状を抑制しているに過ぎない。タバコ煙が鼻の粘膜を刺激し、花粉症を悪化させるのも事実だし、花粉症の程度を比較した検証もまだない。

 花粉症はともかく、少なくともアトピー性皮膚炎や食物アレルギーに関し、タバコや受動喫煙が影響していることが複数の論文を比較した研究でわかっている(※12)。タバコや受動喫煙が健康に与える害は鼻炎の緩和を凌駕するほど大きいのだから、花粉症を治すためにタバコを吸うのは愚かなことだ。まさに本末転倒だろう。

※1:神沼修ら、「アンサンブル学習によるスギ花粉症の治療効果を判定する血清バイオマーカーセットの同定」、日薬理誌(Folia Pharmacology)第146巻、256-262、2015

※2:K M. Venables, et al., "Smoking, atopy, and laboratory animal allergy." BMJ, Vol.45, Issue10, 1988

※3-1:Yanli Ouyang, et al., "Suppression of human IL-1β, IL-2, IFN-γ, and TNF-α production by cigarette smoke extracts." The Journal of Allergy and Clinical Immunology, Vol.106, Issue2, 280-287, 2000

※3-2:C Macaubas, et al., "Association between antenatal cytokine production and the development of atopy and asthma at age 6 years." The LANCET, Vol.362, Issue9397, 1192-1197, 2003

※3-3:H Mehta, et al., "Cigarette smoking and innate immunity." Inflammation Research, Vol.57, Issue11, 497-503, 2008

※4:Mark A. Jenkins, et al., "The associations between childhood asthma and atopy, and parental asthma, hay fever and smoking." Paediatric and Perinatal Epidemiology, Vol.7, Issue1, 67-76, 1993

※5:Marie-Pierre Oryszczyn, et al., "Relationships of Active and Passive Smoking to Total IgE in Adults of the Epidemiological Study of the Genetics and Environment of Asthma, Bronchial Hyperresponsiveness, and Atopy (EGEA)." American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine, Vol.161, No.4, 2000

※6:Chantal Raherison, et al., "In utero and childhood exposure to parental tobacco smoke, and allergies in schoolchildren." Respiratory Medicine, Vol.101, Issue1, 107-117, 2007

※7:"The Prevalence of Rhinitis and Its Association with Smoking in A Nationwide Survey of Saudi Adults, 2017." Egyptian Journal of Hospital Medicine, Vol.70, Issue1, 329-332, 2018

※8:A. Hjern, et al.,"Does tobacco smoke prevent atopic disorders? A study of two generations of Swedish residents." Clinical & Experimental Allergy, Vol.31, Issue6, 908-914, 2001

※9:C Nagata, et al., "Smoking and Risk of Cedar Pollinosis in Japanese Men and Women." International Archives of Allergy and Immunology, Vol.147, No.2, 2008

※10:橋本佳明ら、「アレルギー性鼻炎と喫煙との関係」、人間ドック、第25巻、652-655、2010

※11:Deborah Jarvis, et al., "The association of smoking with sensitization to common environmental allergens: Results from the European Community Respiratory Health Survey." The Journal of Allergy and Clinical Immunology, Vol.104, Issue5, 934-940, 1999

※12-1:Jurgita Saulyte, et al., "Active or Passive Exposure to Tobacco Smoking and Allergic Rhinitis, Allergic Dermatitis, and Food Allergy in Adults and Children: A Systematic Review and Meta-Analysis." PLOS MEDICINE, doi.org/10.1371/journal.pmed.1001611, 2014

※12-2:Robert Kantor, et al., "Association of atopic dermatitis with smoking: A systematic review and meta-analysis." Journal of the American Academy of Dermatology, Vol.75, Issue6, 1119-1125, 2016

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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