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「加熱式タバコ」は若年層を「喫煙者」にする

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 先日、横浜市の母親が、加熱式タバコ(※1)を「まだまし」と当時18歳の娘に吸わせた疑いで書類送検された。母親は紙巻きタバコを止めない娘の健康をおもんぱかって加熱式タバコを買い与えたらしい。

 容疑は「未成年者喫煙禁止法違反(親権者の不制止)」。皆さん、ご承知の通り、同法により喫煙は20歳から、となっている。加熱式タバコも例外ではない。

加熱式タバコは健康を害するか

 実は、加熱式タバコは紙巻きタバコより「まだまし」かどうか、はっきりとした結論はまだ出ていない。成分によっては加熱式タバコのほうが紙巻きタバコより有害、という研究もある。また、葉タバコを使う加熱式タバコには、中毒性があることがわかっているニコチンも入っているから、ニコチン中毒から逃れられるわけではない。さらに、加熱式タバコによる受動喫煙の健康被害も指摘されている。

 例えば、加熱式タバコから出る煙には、無視できない有害物質が含まれる、というデータがある(※2)。スイスのベルン大学の研究者がフィリップ・モリス社の加熱式タバコ「iQOS(マルボロ・レギュラー)」から出る煙の成分を分析したところ、紙巻きタバコ(ラッキーストライク・ブルー・ライト)と同じ有害物質(一酸化炭素、多環式芳香族炭化水素、揮発性有機化合物など。ニコチンは紙巻きタバコの84%)が出ていた。また、WHOは受動喫煙を防ぐために「電子タバコも禁煙エリアでの使用は禁止すべき」としている。

 ただ、20歳未満の娘に加熱式タバコを吸わせた横浜市の母親が健康への影響を「まだまし」と考えたように、タバコ会社の宣伝効果やマスメディアでのアナウンス効果などにより、世間一般にこうした思考が広がり始めているのは確かだ。また、紙巻きタバコから乗り換えて次第に禁煙させる「ハーム・リダクション(※3)」の効果を加熱式タバコに求めようとする研究者も多い。

 このハーム・リダクションの考え方は、すでに重症の喫煙者に対して期待するものだ。禁煙したくてもできない喫煙者が、加熱式タバコを経てタバコを止める、という行動変容の傾向は確かにある。

 だが、まだ喫煙したことのない未成年者の場合はどうだろうか。冒頭で紹介した18歳の娘はすでに紙巻きタバコを吸っていたが、健康への害が少ない、という一般の風潮を真に受け、加熱式タバコに手を出し、さらにそれが本格的な紙巻きタバコの喫煙へと重症化することはないのだろうか。

加熱式タバコは若年層の喫煙率を上げる

 これについてはいくつかの研究が出ている。米国ミシガン大学の研究者が高校生を対象に調査したところ、電子タバコ(葉タバコを使わず、エアゾルを吸い込むタイプ。日本の加熱式タバコではない)を吸引した使用者は、電子タバコを経験しなかった喫煙者よりも翌年に紙巻きタバコを吸う割合が4倍多いことがわかった(※4)。

 また、カナダのウォータールー大学の研究者が7歳から12歳の生徒を対象にして調査したところ、電子タバコ(同上)の経験者が紙巻きタバコに移行する割合はそうでない者より2.16倍高いことがわかった(※5)。この調査では対象者の約10%が電子タバコの経験者だった。ちなみに、同大があるカナダ・オンタリオ州では2016年から19歳未満への電子タバコの販売が禁止されている。

 この二つの調査は、北米で吸引されているベイパータイプの電子タバコだが、日本で急速に普及しつつある加熱式タバコにも通じる可能性のある結果だろう。つまり、若年層が加熱式タバコや電子タバコに手を出せば、高確率でその後、紙巻きタバコへ移行する、というわけだ。このことについて政治や行政はよく認識しておく必要がある。

※1:加熱式タバコ。加熱式電気タバコとも。JT(日本たばこ産業)の「プルーム・テック」、フィリップ・モリス・インターナショナルの「iQOS」、ブリティッシュ・アメリカン・タバコの「gloo」などがある。このタイプの加熱式タバコは、紙巻きタバコに使われている葉タバコを加熱して吸引する(プルーム・テックは直接加熱しない)。タバコ葉は薬物指定されていないため、葉タバコを使った製品を製造販売・輸入することは可能だ。一般的に「電子タバコ(Electoronic cigarette、E-Cigarette)」と呼ばれるものは、専用の溶液を加熱させてエアゾルを発生させ、そのエアゾルを吸引するタイプを言う。この溶液は、ニコチンが入っているものと入っていないものがあるが、日本でニコチン自体は薬物に指定されているため、ニコチン含有溶液は許可を受けずに輸入したり販売したりできない。だが、ニコチン含有溶液は、ネット通販などで入手可能のようだ。ニコチンの入っていない溶液にも有害物質が含まれている、という報告もある。

※1:2015年に行われた日本の15歳から69歳の男女を対象にしたインターネット調査によれば、その約半数が加熱式タバコと電子タバコの存在を知っており、6.6%が使用したことがあると回答している。Takahiro Tabuchi, Kosuke Kiyohara,Takahiro Hoshino, Kanae Bekki, Yohei Inaba, Naoki Kunugita, "Awareness and use of electronic cigarettes and heat-not-burn tobacco products in Japan." ADDICTION, Vol.111, Issue.4, 2016

※2:Ret Auer et al., "Heat-Not-Burn Tobacco Cigarettes:Smoke by Any Other Name." JAMA Intern Med. May 22, 2017

※3:合法非合法を問わず、健康被害や危険をもたらす行動や習慣(飲酒や喫煙、ギャンブル、薬物など)をやめることができないとき、その行動や習慣にともなう害や危険をできるかぎり少なくすること。

※4:Richard Miech, Megan E Patrick, Patrick M O'Malley, Lloyd D Johnston, "E-cigarette use as a predictor of cigarette smoking: results from a 1-year follow-up of a national sample of 12th grade students." BMJ journals, Tobacco Control, 2017

※5:Sunday Azagba, Neill Bruce Baskerville, Kristie Foley, "Susceptibility to cigarette smoking among middle and high school e-cigarette users in Canada." Preventive Medicine, Vol.103, 2017

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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