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「マーダーミステリーゲーム」というゲームの新常識

平林久和株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト
マーダーミステリーゲームの代表作『王府百年』で用いるゲームシナリオ

■新しい遊びのフォーマット

 推理ドラマを想像していただきたい。

 ──某日、某所、不幸にも殺人事件が起きた。その場にいた8名の人物は誰も逃亡していないし、外部から人物が侵入もしていない。この中には確実に犯人がいる。犯人を探すべく、一同がリビングルームに集まった。それぞれが知っている情報を出し合って、今、自分たちが置かれた状況を整理する。会話を重ねるうちに、事件の全体像が浮かび上がってくる。だが、言いようのない不安に襲われる。疑心暗鬼になる。誰かが嘘をついている、あるいは何かを隠している。それでも必死に情報を集めて推理し、犯人を突き止めなくてはいけない。

 ──物語は終盤に突入した。問い詰められた容疑者が弁明している。「しかたありません。白状します。私は確かに被害者を殴りました。けれども、絶対にナイフで刺していません、殺していません。信じてください!」。暴行したことについて抵抗できずに肯定したものの、殺人犯の濡れ衣だけは着たくない。必死に殺人犯ではないことを訴えている。罪の一部を認めた容疑者の証言は真実で、疑いは晴れた。だが、依然として謎は残る。真犯人は誰?

 このような推理ドラマ、殺人事件の当事者心理を疑似体験できるゲームがある。この種の遊びを「マーダーミステリーゲーム」と呼ぶ。2019年夏、新しいもの好きのゲーム業界人の間で評判になった。いわば、ゲームのプロたちがはまっている旬のゲームである。

 マーダーミステリーゲームはコンピュータゲームではない。複数人が集まり、与えられた設定のもと犯人当てをするパーティゲームだ。ルールに沿って物語を進めるテーブルトークRPG(ロールプレイングゲーム)。ふたつの陣営に分かれて狼を見つける人狼ゲーム。共同作業で謎を解くリアル脱出ゲーム。これらの要素が複層的に合わさったゲームである。

 現在、マーダーミステリーゲームが遊べる施設の予約は連日満席になっており、新たに専門店も開業した。まだ狭い範囲ではあるが「ブームが来ている」と言っていい。そして、このブームは一時的な流行ではなく、やがて大きなムーブメントになるだろうと予測する。

 この現象、何に似ているかというと、かつてのロールプレイングゲームだ。80年代後半、ゲーム業界はロールプレイングゲームのブームに湧いた。きっかけとなったのは『ドラゴンクエスト』だった。ドラクエは日本中に「自分が主人公になりきれる遊びがある」ことを知らしめた。そして、ロールプレイングゲームという遊びのフォーマット(仕様)が有名になったことにより、「自分もゲームをつくってみたい」と思う人たちが続々と登場した。『ドラゴンクエスト』に触発されて、のちに『MOTHER』を開発した糸井重里氏の例は有名だろう。

 マーダーミステリーゲームという遊びのフォーマットに適したシナリオが今後、量産される。私の知人・友人のゲームクリエイター、シナリオライターたちがマーダーミステリーゲームのシナリオの執筆に着手している。新種のゲームのフォーマットが流行る、シナリオが量産される、また流行る……という好循環が生まれつつある。すでに映画・テレビ番組・小説で有名な推理ドラマが、マーダーミステリーゲームになることもあるだろう。あるいは逆に、マーダーミステリーゲームから生まれたシナリオが映画になる、テレビ番組になる、小説になるかもしれない。マーダーミステリーゲームは、単なるゲームの流行ではなく、新しいエンタテインメントを生む。そんなポテンシャルを秘めている。

■マーダーミステリーゲームの進め方・遊び方

 今年の後半の話題になることが多くなるだろう、マーダーミステリーゲームの遊び方について解説する。

 マーダーミステリーゲームの参加者は、ひとつの卓を取り囲むようにして着席する。人数はたいてい10名弱である。着席する時には、登場人物のうち誰の役になるのかを決めておく。一同が着席すると主催者であるゲームマスターからゲーム目的が説明される。

 このゲームの目的はおもにふたつだ。まずひとつは犯人を見つけること、犯人であれば見つからないことである。犯人以外の参加者は、同じ目的を持ったチームとなる。もうひとつは個人戦である。参加者の全員に個別のミッションが与えられている。参加者は殺人以外の何かの犯罪、反社会的行為、真の身分の秘匿など。他の人には知られたくない、何らかの秘密を持っている。それを隠し通すことができれば個別ミッション達成となる。すなわち、マーダーミステリーゲームとは参加者同士で協力しあう団体戦と、参加者に秘密がばれないようにする個人戦を同時に行うゲームである。そして、ルールとして自分が犯人ではない場合は嘘をついてはいけない。だが、もし犯人になった場合はどんな嘘をついてもいいことが告げられる。

 続いて、ゲームマスターによるプロローグ紹介のあと、参加者全員にシナリオが渡される。シナリオには各自に割り当てられた登場人物の生い立ちや家族関係、過去の経歴などが書かれている。現在の職業に関する記述もある。事件にかかわる重要な部分は時系列的にまとめられている。その人物は、なぜ事件の場所にいるのか? 事件のあった当日には何をしていたのか? 誰と会ったのか? どんな場面を見たのか? こうしたことが書かれたシナリオを読む時間は10分程度である。シナリオと言っても分厚い本ではなく、ページ数が少ないパンフレット程度の分量だ。

 注意すべきなのは、この際に渡されたシナリオは参加者共通の物語ではない、ということだ。参加者ごとに読むシナリオは異なる。各人の目線でとらえられた「一面の真実」しかそこに書かれていない。つまり、最初の段階では事件の全体像は皆目見当がつかない。また、与えられたシナリオに書かれていることは、あくまでも設定である。セリフは書かれていない。議論が始まれば参加者は設定に沿って、自分の言葉で会話をすることになる。つまり、マーダーミステリーゲームの参加者は、シナリオをよく読み込んだ役者のようになるのが望ましい。

 参加者が物語設定と人物設定を理解したら、犯人を突き止める議論がはじまる。議論は全員で行うやり方と個別(2名または3名)で行うやり方がある。各人が知っている情報を出し合って、事件の概要を整理するときは全員で話をする。特定の誰かから話を聞きたい、あるいは自分から何かを告げたくなったら相手に離席を促し、別のスペースで密談を行うのだ。全体で話すか? 個別で話すか? 参加者にとっては重要な選択となる。そして、個別に話す場合は誰と話したのかによって、同じシナリオであっても情報の偏りが生じる。

 会話のほかに、カードをめくることによっても情報を得ることができる。カードには参加者の所持品や犯行現場にあった証拠品などが書かれている。場合によっては手紙を開封して読むこともある。つまり、最初に読んだシナリオだけがすべてではない。時間の経過とともに新事実が加わっていくのだ。

 全体での話し合い、相手を入れ替えながらの個別の話し合い、カードからの情報収集。これらを混ぜ合わせて議論を前半1時間、後半1時間程度に分けて行う。マーダーミステリーゲームのシナリオはどれもよくできていて、前半の議論が終わる頃には事件の概要や人間関係がわかり、何人かの容疑者らしき人物が浮上してくる。

 後半の議論ではそれぞれの容疑者を精査することになる。

 「あなたは○時○分頃どこにいましたか?」

 「私を疑っているからそんな質問をするんですか?」

 「正直に言ってくれないとかえって疑われますよ」

 推理ドラマによくある会話が交わされることもあるだろう。議論が進むにつれて、個別のミッション=知られたくない秘密を隠し通すのか、真犯人を見つけるために白状すべきか。マーダーミステリーゲーム特有のジレンマに悩む。

 議論時間が終了すると、投票用紙が渡されて自身が推理した犯人の名を書く。集計したのちゲームマスターより、真犯人を見つけられたか。誰が個別ミッションは達成できたのかが発表されて、一編のマーダーミステリーゲームは終わる。

■初めてマーダーミステリーゲームを遊ぶ人にアドバイス

 ざっとゲームの流れを解説した。最後にこれから初めてマーダーミステリーゲームに参加する人向けにアドバイスをしておきたい。

 マーダーミステリーゲームは一人で専門店に行って遊ぶことができるし、仲間を募って遊ぶこともできる。もし、仲間と行く場合は、シナリオに沿ったメンバー構成になっていると、なお楽しめる。たとえば男性5名、女性3名のシナリオに参加するならば、実際の参加者も同じ男女の組み合わせにすると良い。また、兄弟など年齢差がある人間関係があるシナリオならば、年長者が兄役、年少者が弟役に配役されるとよりリアルになる。参加者の誰がどの登場人物になるとより楽しめそうか、ゲームマスターに決めてもらう方法もある。

 マーダーミステリーゲームは正味の議論時間が約2時間。長時間の遊びに思えるが、体験してみるとあっという間に時が過ぎる。「もっと時間がほしかった」。ほとんどの参加者が口にする、プレイ後の感想である。初めてプレイすると、ついつい部分的なできごとについて議論をしてしまいがちだが、ここで時間を使うのはもったいない。スピーディーな情報収集と議論展開が、真相に近づく近道となる。物証などを示すカード類も早めに開示したほうが効率的だろう。ということは、自分が犯人となった場合は、議論を事件の核心からそらすような時間稼ぎが有効な手段のひとつとなる。マーダーミステリーゲームという遊びは「時間との戦い」でもある。

 登場人物になりきるとマーダーミステリーゲームは最高に楽しくなる。本物の役者さんのようなスキルはいらない。特別なパフォーマンスをしなくてもいい。自己満足でいい。その人になったつもりで発言し、相手に話かけると極上のゲーム体験ができる。せっかく覚えた人物設定なのだから、いかにもその人物が言いそうなことをアドリブで話すのもありだ。

 人間の心をつかんでやまないドラマ。

 昔は舞台やテレビで観るしかなかった。それを指で操作できるようにしたのがテレビゲームだった。マーダーミステリーゲームはさらに上を行く。全身でドラマを感じることができる。自分の身体が架空の空間と時間に入り込んだかのような感覚が味わえる。

株式会社インターラクト代表取締役/ゲームアナリスト

1962年神奈川県出身。青山学院大学卒。ゲーム産業の黎明期に専門誌の創刊編集者として出版社(現・宝島社)に勤務。1991年にゲーム分野に特化したコンサルティング会社、株式会社インターラクトを設立。現在に至る。著書、『ゲームの大學(共著)』『ゲームの時事問題』など。2012年にゲーム的発想(Gamification)を企業に提供する合同会社ヘルプボタンを小霜和也、戸練直木両名と設立、同社代表を兼任。デジタルコンテンツ白書編集委員。日本ゲーム文化振興財団理事。俗論に流されず、本質を探り、未来を展望することをポリシーとしている。

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