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ゴーン氏「特別背任」での司法取引に関する “重大な疑問”

郷原信郎郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士
(写真:つのだよしお/アフロ)

 日産自動車の前会長のカルロス・ゴーン氏が12月21日に特別背任で再逮捕されたが、その後の報道によれば、その逮捕容疑の概要は、以下のようなもののようである。

 ゴーン氏は、10年前の2008年、リーマンショックの影響でみずからの資産管理会社が銀行と契約して行った金融派生商品への投資で18億5000万円の含み損を出したため、新生銀行から担保の追加を求められ、投資の権利を日産に移し損失を付け替えた。その付け替えが日産の取締役会の承認を経ておらず違法ではないかということが証券取引等監視委員会の新生銀行の検査の際に問題にされ、結局、この権利は、ゴーン氏の資産管理会社に戻された。

 その権利を戻す際に、サウジアラビア人の知人の会社が、担保不足を補うための信用保証に協力した。平成21年から24年にかけて、日産の子会社から1470万ドル(日本円でおよそ16億円)が送金された。

 このうち、損失を付け替えたことが第1の特別背任、サウジの知人に送金したことが第2の特別背任だというのが検察の主張のようだ。しかし、報道によって明らかになった事実を総合すれば、二つの事実について特別背任罪で起訴しても、有罪判決を得ることは極めて困難だと考えられる。検察は、ここでも日産秘書室長との司法取引を使おうと考えているのかもしれないが、そうなると、「日本版司法取引」の制度自体の重大な問題が顕在化することになる。

 第1については、新生銀行側が担保不足への対応を求めたのに対して、ゴーン氏側が、「日産への一時的な付け替え」で対応することを提案し、新生銀行がこれに応じたが、証券取引等監視委員会による銀行への検査で、新生銀行が違法の疑いを指摘されて、新生銀行側が日産に対して再度対応を求め、それが日産社内でも問題となり、結局、短期間で「付け替え」は解消され、日産側には損失は発生していないようだ。それを、「会社に財産上の損害を発生させた」特別背任罪ととらえるのは無理がある。

 確かに、その時点で計算上損失となっている取引を日産に付け替えたのだとすれば、その時点だけを見れば、「損失」と言えなくもない。しかし、少なくとも、その取引の決済期限が来て、損益が確定するまでは、損失は「評価損」にとどまり、現実には発生しない。不正融資の背任事件の場合、融資した段階で「財産上の損失」があったとされるが、それは、その時点で資金の移動があるからであり「評価損」の問題とは異なる。ゴーン氏側が、「計算上損失となった取引を、一時的に、日産名義で預かってもらっていただけで、決済期限までに円高が反転して損失は解消されなければ、自己名義に移すつもりだった」と弁解した場合、実際に、損失を発生させることなくゴーン氏側に契約上の権利が戻っている以上、「損害を発生させる認識」を立証することも困難だ。

 第2については、サウジアラビア人の会社への支出は、当時CEOだったゴーン氏の裁量で支出できる「CEO(最高経営責任者)リザーブ(積立金)」から行われたもので、ゴーン氏は、その目的について、「投資に関する王族へのロビー活動や、現地の有力販売店との長期にわたるトラブル解決などで全般的に日産のために尽力してくれたことへの報酬だった」と供述しているとのことだ。実際に、そのような「ロビー活動」や「トラブル解決」などが行われたのかどうかを、サウジアラビア人側の証言で明らかにしなければ、その支出がゴーン氏の任務に反したものであることの立証は困難であり(「販促費」の名目で支出されていたということだが、ゴーン氏の裁量で支出できたのであれば、名目は問題にはならない)、そのサウジアラビア人の証言が得られる目途が立たない限り、特別背任は立件できないとの判断が常識的であろう。

 検察は、サウジアラビア人の聴取を行える目途が立たないことから、特別背任の立件は困難と判断していたと考えられる。サウジアラビア人の証言に代えて、検察との司法取引に応じている秘書室長が、「支出の目的は、信用保証をしてくれたことの見返りであり、正当な支出ではなかった」と供述していることで、ゴーン氏の弁解を排斥できると判断して、特別背任での再逮捕に踏み切ったのかもしれない。

 しかし、そこには、「司法取引供述の虚偽供述の疑い」という重大な問題がある。

 この秘書室長は、ゴーン氏の「退任後の報酬の支払」に関する覚書の作成を行っており、今回の事件では、それが有価証券報告書の虚偽記載という犯罪に該当することを前提に、検察との司法取引に応じ、自らの刑事責任を減免してもらう見返りに検察捜査に全面的に供述している人間だ。そのような供述には、「共犯者の引き込み」の虚偽供述の疑いがある。そのため、信用性を慎重に判断し、十分な裏付けが得られた場合でなければ、証拠として使えないということは、法務省が、刑訴法改正の国会審議の場でも繰り返し強調してきたことだ。

 「覚書」という客観証拠もあり、外形的事実にはほとんど争いがない「退任後の報酬の支払」に関する供述の方は、有価証券報告書への記載義務があるか否かとか、「重要な事項」に当たるのか否かなど法律上の問題があるだけで、供述の信用性には問題がない。しかし、秘書室長の「サウジアラビア人の会社への支出」の目的についての供述は、それとは大きく異なる。ゴーン氏の説明と完全に相反しているので、供述の信用性が重大な問題となる。

 その点に関して致命的なのは、この支払については、日産側は社内調査で全く把握しておらず、「退任後の報酬の支払」の覚書について供述した秘書室長が、この支出の問題については、社内調査に対して何一つ話していないことだ(上記朝日記事でも、「再逮捕は検察独自の捜査によるもので、社内調査が捜査に貢献するという思惑通りにはなっていない」としている。)。

 秘書室長は、検察と司法取引する前提で、社内調査にも全面的に協力したはずであり、もし、このサウジアラビア人に対する支出が特別背任に当たる違法行為だと考えていたのであれば、なぜ社内調査に対してそれを言わなかったのか。「その点は隠したかった」というのも考えにくい。この支出が特別背任に当たり、秘書室長がその共犯の刑事責任を負う可能性があるとしても、既に7年の公訴時効が完成しており、刑事責任を問われる余地はないからである(ゴーン氏については海外渡航期間の関係で時効が停止していて、未完成だとしても、その時効停止の効果は、共犯者には及ばない)。

 結局、秘書室長の供述の信用性には重大な問題があり、ゴーン氏の説明・弁解を覆して「サウジアラビア人への支出」が不当な目的であったと立証するのは極めて困難だと言わざるを得ない。

 

 以上のとおり、第1、第2について、ゴーン氏を特別背任で起訴しても、有罪に持ち込むことは極めて困難だと考えられる。勾留延長請求却下を受けて急遽、ゴーン氏を再逮捕した検察の、年末年始をはさんだ捜査には、多大な困難が予想される。

郷原総合コンプライアンス法律事務所 代表弁護士

1955年、島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事、法務省法務総合研究所総括研究官などを経て、2006年に弁護士登録。08年、郷原総合コンプライアンス法律事務所開設。これまで、名城大学教授、関西大学客員教授、総務省顧問、日本郵政ガバナンス検証委員会委員長、総務省年金業務監視委員会委員長などを歴任。著書に『歪んだ法に壊される日本』(KADOKAWA)『単純化という病』(朝日新書)『告発の正義』『検察の正義』(ちくま新書)、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)、『思考停止社会─「遵守」に蝕まれる日本』(講談社現代新書)など多数。

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