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中共中央「マリオ」パクリと即刻削除の怪を読み解く――中国政府高官を取材

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
任天堂の「マリオ」(写真:ロイター/アフロ)

 中共中央政法委員会が反腐敗運動の宣伝動画として「マリオ」をパクリ、批判を受けた瞬間に弁明なしで即刻削除した。知財権で米中が対立する中、何を考えているのか?中国政府高官を直撃取材した。

◆中共中央政法委員会がマリオそっくりの動画で宣伝活動

 1月30日、中国共産党中央委員会(中共中央)政法委員会(略称:中央政法委)が日本のゲームメーカー「任天堂」のキャラクター「スーパーマリオ」にそっくりなキャラクターを使用した反腐敗運動宣伝動画をウェイボー(微博)上における中央政法委の公式アカウントに掲載した。

 中央政法委とは国務院(中国政府)側の中央行政省庁である「公安部、司法部、国家安全部」および最高検察庁と最高裁判所を司る中共中央のその系列の「権威ある!」最高機関である。

 その最高権威が反腐敗運動や知的財産権保護の宣伝動画に日本のキャラクターをパクリ?!

 「不正行為をやめろ」という宣伝で、党自身がパクリをしているのでは話にならないだろう。

 いきなりウェイボーで「ウソだろ?」「マジかよ!」「任天堂の許可を得てるの?」「おまえこそ、侵権(知財権侵害)だろ!」などと、多くの書き込みがスマホに送られてきた。

 画面を見てみると、効果音までがそっくりではないか。

 日本でマリオが出たころ、筆者は仕事と子育ての両立に必死で、ゲームに「子供の面倒」を見てもらいながら夕食の支度を急いだりしたものだ。あの効果音は、否応なしに子育てのころの板挟みの罪深さを連想させる。

 「ウソでしょ?」

 喰らいつくようにスマホの画面を追った。

 やがて日本でも報道されるようになった頃には、なんと、今度は大陸のネット空間から、「全て」が消えてしまったではないか。

 削除されたのだ!

 なにごとか――?

◆中国政府高官を直撃取材

 まるでブラック・ジョークだ。

 2008年に『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』を出版するに当たって、数多くの中国の若者を取材してきた。その結果、日本の動漫(動画=アニメと漫画)を普及させたのは、皮肉にも「海賊版」だった事実に行きついた。日本の原価の数十分の一という安価で手に入る動漫は、その安価さゆえに全中国を席巻し、80后(バーリンホウ)(1980年以降に生まれた者)の内、日本の動漫に触れたことのない者は一人もいないというほど、若者の間に浸透し、精神文化をも形成するに至っていた。慌てた中国政府は日本のアニメの放映時間を制限したり海賊版を取り締ったりし始めたが、もう遅い。

 若者たちは、日本の動漫があまりに普及していたため、それが「日本製」であることさえ知らないでいる者がいて、てっきり「中国製」だと勘違いされていた日本の動漫も数多く見られた。

 ひょっとすると、この中央政法委の担当者は、その部類に入るのではないだろうか。

 米中が知財権侵害で争っている真っ最中に、いったい何をしているのか!

 早速、中国政府高官を直撃し、激しい質問をぶつけた。

 以下、Qは筆者で、Aは中国政府高官である。

Q:いったい何事ですか!政法委が、こともあろうに、このタイミングで日本のゲームをパクって反腐敗や知財権保護の宣伝動画をネットに載せるなんて!

A:いや、あれはもう削除した。

Q:削除したって、そんな――!削除すればいいというものではないでしょ!そもそも、なんで、司法を司る政法委が、知財権侵害をするのですか?そこから始まって、おかしいではないですか!

A:たしかに、それは良くないことだ。ただ、担当者は知らなかったようだ。

Q:知らないって、スーパーマリオが日本の任天堂の作品だということをですか?

A:つまり、そういうことになる。

Q:中国であまりに流行り過ぎて、てっきり中国製のゲームだと勘違いしていたということかしら?

A:ん……、まあ、そういうことになるだろう……。

Q:つまり、それくらい、中国は平気で知財権を侵しているということになるわけですよね!

A:残念ながら、そういうことになるかもしれない。

Q:知財権を保護しようという司法の呼びかけを宣伝する動画自身が知財権侵害って、ブラック・ジョークではないですか?

A:いや、実は、政法委の担当者が外注した企業が、こういう宣伝動画を制作してきたようなんだが、企業側は、これが日本製のものだとは思わず、中国製だと思ったらしい。で、政法委の担当者は、少し年齢が高いので、こういうゲームがあることを、そもそも知らなかった。

Q:なるほど!ありそう!

A:いずれにしても、どちらも無知で、著作権というものを軽んじていた罪は認めなければならない。

◆なぜ謝罪あるいは釈明しないのか?

 いやに素直ではないか。

Q:だったら、なぜ、ありのままのことを釈明しないのですか?反腐敗とか言っているのなら、潔く謝罪すべきでしょう?そうでないと、中国はますます信用を失う。

A:それは賛同する。もちろん、すぐに削除したことから、政法委が「まずい」ということに気が付いたことは言えるが、「何がまずかったのか」を表明できれば、理想的だろう。

Q:まず、そうすべきですよ。

A:いや、しかし一方で不思議なのは、なぜ任天堂が中国政府に対する抗議声明を出さないのかということだ。むしろ、アメリカのように、日本の企業も中国政府を提訴すればいいと思っているくらいだ。そうすれば、中国政府も何らかの反応を示すしかなくなる。

Q:提訴するとか、抗議声明を出してほしいと思っているのですか?

A:してほしいというより、そうすべきではないかと思うのだが、任天堂はそうしていない。

Q:日本のメディアでも「任天堂は個別の案件に関してはコメントを控える」と言っていると報道しています。

A:そこなのだが……、ここからは想像だから責任のあることは言えないが、思うに、任天堂と政法委系列の関係部門は、何らかの交渉をしたのではないかと思う。政法委は経済的利益を求める組織ではないが、任天堂は中国でもビジネスを展開しているわけだから、それなりの今後のビジネス上の利害を考えたのではないかと……。

Q:しかし、これまでにも「クレヨンしんちゃん」とか「ウルトラマン」とか、中国は色々と著作権侵害をしていますよね。でも、裁判には多くの年月がかかり、しかも中国の対応はひどすぎる。

A:でも、彼らは堂々と抗議し、提訴している。その方が中国も反省するし、少しは進歩していくかもしれない。

◆拿来(ナーライ)(だらい)主義――中国のパクリ文化

Q:中国がそういう精神面で進歩するでしょうか?中国には魯迅(ろじん)以来の拿来主義があるので、パクリに対して、少しも罪の意識がないのではないですか?

(注)拿来主義とは、2014年12月9日付のコラム「中国のパクリ文化はどこから?――日本アニメ大好き人間を育てたのも海賊版」に書いたように、1934年6月7日に魯迅が雑誌『中華日報・動向』に「拿来主義」という文章を載せたことから来ている。「拿来」は中国語では「ナーライ」、日本語では「だらい」と読み、「どこかから持ってくる」という意味だ。英語で表現すると“copinism”(コピー主義)とか“by borrowed method”(借りた方法で)などとなる。魯迅は、「立ち遅れた中国の文化や技術を前進させるには、すでに存在する海外の優れた文化や技術を取り入れた方が早い」と述べている。

A:その通りだ。中国はまだその認識が立ち遅れている。著作権というか、知的財産権に対する認識が甘すぎる。それが改善されなければ、真に発展したとは言えない。

Q:習近平は国家戦略「中国製造2025」を進めていますが、そこには、「半導体などのコア技術を自給自足できないようでは、発展途上国のままだ」という精神がありますよね。

A:その通りだ。

Q:だとすれば、「中国製造2025」を達成させるために知財権侵害をしている可能性は大いにあるし、また知財権を守れるようにならなければ、これもまた発展途上国のままだと言えるでしょう。その意味では「中国製造2025」を達成しても、中国は精神的には発展途上国のままということが言えませんか?

A:それも認める。中国はまだまだ進歩し、改善し、発展しなければ西側諸国と同列にはなれない。改革開放から、わずか40年しか経ってないのだから……。しかし、文革を経験したわれわれとしては、わずか40年で、よくぞここまで来たという思いもある。だからやはり少しは進歩するだろうと信じたい。

 言いたいことは尽きないが、彼が中国の非を認め反省しているのであれば、これ以上詰め寄ることもできまい。

 彼の遠い親戚は、革命戦争当時の1948年、筆者と同じく長春で食糧封鎖に遭い、餓死している。だから筆者の中国政府に対する抗議を、理解してくれている。拙著『チャーズ 中国建国の残火』や『毛沢東 日本軍と共謀した男』の中国語版を彼は読んでいるが、しかし彼はこれに関して一言たりとも、何も言ったことがない。事実と認めてくれている証拠だと解釈し、こちらも一言もこれに関しては触れない。

 長くなった。今回は、ここまでとしようか。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『ウクライナ戦争における中国の対ロシア戦略』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』、『中国がシリコンバレーとつながるとき』など多数。

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