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オリンピックから野球が再び消える。「球界のご意見番」エモやんが語る国際普及の現実

阿佐智ベースボールジャーナリスト
東京五輪では北京大会以来の野球競技復活となったが、次のパリ大会では実施されない(写真:築田純/アフロスポーツ)

 先日、東京オリンピック後のパリ大会では、野球は実施されないことが公にされた。そもそも、東京での野球競技実施は、「復活」ではなく、追加競技として行われるもので、野球の盛んではないヨーロッパ開催のオリンピックでは、その追加競技から外れることはある程度予想がついたことではあるのだが、メディアで報じられる野球関係者のコメントからは、一様に落胆の色がうかがえた。野球が、次々回オリンピックから外れる原因はひとえに世界的な普及の遅れにあるだろう。そのため、日本のトッププロリーグのNPBの普及活動の遅れを指摘する声も出ているが、「野球不毛の地」への普及活動は、なかなか一筋縄ではいかないようである。

「ボランティア」中心の普及活動

 現在、途上国を中心とした野球普及活動の中心的役割を果たしているのは、外務省の外郭団体である国際協力機構(JICA)やNGO、NPOである。これらのアクターは開発援助の一環として野球普及活動を行っているが、現地でさして需要のない野球を普及させる意義が明確に見いだせてはいない状況の中、現地での野球人気の向上、競技人口の拡大に大きく貢献しているとはなかなか言えない状況である。

 東南アジアのタイもそういう「野球不毛の地」のひとつだろう。この国に野球が伝えられたとされるのは比較的最近のことで、1990年代に、やはり日本人ボランティアによって現地人が手ほどきを受けたのが最初のことらしい。

 そんなタイにおける野球普及の大きなきっかけとなったのは、1998年のアジア大会であることは間違いない。プロ出場が初めて解禁されたこの大会で、バンコクに初めて野球場がつくられた。その後、しばらくは大学生チームなどがバンコク周辺にでき、2006年の野球新興国による大会、アジアン・ベースボール・カップでは2位になり、その結果出場した北京オリンピック予選も兼ねたアジア選手権大会にも出場し、1次リーグで5位となっている。さらに2013年の第2回WBCに際しては、その予選大会に初参加している。しかし、サッカー人気が高く、その他ムエタイやセパタクローなど伝統的な競技も人々に支持されている中、野球の競技人口はなかなか増えないのが現実だ。

 日本人により伝えられたという縁もあってか、現在に至るまで、ナショナルチームの監督は日本人が務め、普及活動も日本のアクターが中心となっている。しかし、これも体系的・継続的なものになっていないのが現実である。

「球界のご意見番」、野球普及に物申す

 

 人気野球解説者で、国会議員を務めた経験もある江本孟紀は、2007年7月、この国のナショナルチームの総監督に迎え入れられた。「そういうの、銭でやる人が多いんだけれども、俺は主義としてしないんで」という江本は、現地への交通費などすべて手弁当で、野球の国際普及のためこれを引き受けたと言う。

 総監督と言っても、フィールドにはほとんどかかわることはなく、ナショナルチーム運営のための資金集めの顔というのが主な役割であったと江本は言う。この年、タイはアジア野球選手権、東南アジア選手権と立て続けに国際大会を控えており、チーム運営にそれなりの費用を必要としていた。その費用を集めるため、江本はタイで活動していた日系企業に呼び掛けて資金を集める一方、南海ホークス時代の同僚で、日本だけでなく台湾プロ野球でも指導経験のある寺岡孝をナショナルチームの監督に招聘した。その甲斐あってか、タイナショナルチームは、アジア野球選手権では予選リーグで敗退したものの、東南アジア選手権においては、見事優勝を飾った上、ワールドカップにも出場(結果は予選リーグ敗退)と大きな前進を見せた。

 

 しかし、その後、この勢いは継続することなく、アメリカのMLB主導のWBCには2012年秋に行われた第2回大会の予選大会において敗退して以降は、予選にも出場しておらず、昨年のアジア大会にも、ボランティアの日本人監督が道具などを寄付した上で参加したものの、出場10か国中8位に終わった。この代表監督を務めた上野正忠さんによると、現在のタイで行われているのはソフトボール中心で、公式大会の際だけ野球チームが結成される状況だという。競技人口は1000人未満。上野さんは、この危機的状況の原因のひとつにオリンピック競技から外れたことを指摘している。やはりオリンピック競技にならないことには、国からの補助が受けにくくなるのだ。

昨年のアジア大会に出場したタイ代表チーム。現在、タイ野球は、普段は特に活動は行われず、国際大会の時だけ代表チームが召集され活動を行うというレベルである
昨年のアジア大会に出場したタイ代表チーム。現在、タイ野球は、普段は特に活動は行われず、国際大会の時だけ代表チームが召集され活動を行うというレベルである

 

 普及度が低いゆえに、オリンピック競技から外れ、オリンピック競技から外れたゆえに、資金不足になり、普及が進まなくなる。負のスパイラルに野球は陥っていると言えるだろう。その状況を打開する活動の中心がボランティアであるところに、野球の抱える問題があると、江本も指摘する。

実際にタイへの野球普及活動に携わった江本は、その現実の厳しさを語ってくれた
実際にタイへの野球普及活動に携わった江本は、その現実の厳しさを語ってくれた

「やれる範囲だけしかしない。それが私のやり方。タイの場合も、たまたま、タイの日系企業の社長というのが知り合いの知り合いだったので、資金集めに協力しただけです。あくまでも好意でやっているわけだから。人間というのは好意でやる範囲というのは限られるんです。ボランティアというのは一見聞こえはいいけれども、限度がある。こちらの生活の範囲でしかできない」

 また逆に、ボランティアの好意を受け入れる側の熱量の問題についても江本は口にした。マイナースポーツに対して援助しようとする援助アクター側の熱量に、受け入れ側が追いつけていないのだ。

「それで何とか金を集めてね、それをそっくりタイのスポーツ大臣のところにもっていったんです。タイの野球協会に寄付したんです。でもそれきり。使い道とかも全然分からない。組織がひどいから。それでも、僕は継続してやってもいいかなと思っていたんです。でもね、タイ側の責任者に『来年どうする?』って聞いたら、その返事が、『さあ?』って(笑)。じゃあ、もういいやとなるよね。それで、もうここまでしかしないよと、引き揚げてきた。自腹で6回タイに行ったけど、結果はこれですよ。プロ野球OBが何人もそういう普及の現場に足を運んでいるけど、続いていないでしょ。そういうことですよ。

 監督についても、常駐してくれる人を探して、プロ野球をリタイアしていた寺岡さんに頼んで、給料もなんとか工面して、ご夫婦で行ってもらったんですけど、1年であの人も相当苦労したと思うんだよね。監督を務めた4年後に亡くなったんだけど、悪いことしたなと思いますよ」

 本来的に現地に需要のないところに、野球を普及させることの難しさが、江本の言葉ににじみ出ていた。しかし、サッカー人気が全世界を席巻し、様々なスポーツが台頭している中、全世界的に見れば、野球の置かれている立場は苦しい。NPBにとっても、将来を見据えれば、世界的にマーケットを拡大していかねばならないし、国内的にもオリンピック競技として注目を浴びていかないと、現在の人気を維持できないことはわかってはいるのだろうが、資金的にも国際的な普及活動を単独で行うことは難しいだろう。

「(総監督をしていた時は、)東南アジアで普及活動している他の人とも連絡取り合って、いろいろやっていたんだけれども、アジアは野球盛んじゃないからやっぱり限度があるよね。『野球を広めよう』とか、『WBCは世界野球のためだ』とか言っているけれども、日本のプロ野球組織はタイに援助したとかアジアに援助したとか、ひとつもないもの。NPOやNGOだって、あれはアジアの地域振興には実際なっていないよね。国際大会があると、世界中で野球はサッカーのように盛んにやっていると思ってる。WBCなんていったら、すごい大会だと思い込んでいる人もいるけど、現実はそうではないもんね」

 と江本は言う。

 東京オリンピック後の「宴の後」をどうするか、野球界は大きな問題に直面している。

(本文中の写真は筆者撮影)

ベースボールジャーナリスト

これまで、190か国を訪ね歩き、23か国で野球を取材した経験をもつ。各国リーグともパイプをもち、これまで、多数の媒体に執筆のほか、NPB侍ジャパンのウェブサイト記事も担当した。プロからメジャーリーグ、独立リーグ、社会人野球まで広くカバー。数多くの雑誌に寄稿の他、NTT東日本の20周年記念誌作成に際しては野球について担当するなどしている。2011、2012アジアシリーズ、2018アジア大会、2019侍ジャパンシリーズ、2020、24カリビアンシリーズなど国際大会取材経験も豊富。2024年春の侍ジャパンシリーズではヨーロッパ代表のリエゾンスタッフとして帯同した。

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