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ヘイトスピーチ解消法施行から一年、再び川崎市で行われた「ヘイト」デモ

明戸隆浩社会学者
7月16日に川崎市中原区で行われたデモ警備のために配置された警察車両(筆者撮影)

地域を挑発し、行政の間隙に付け込むデモ

7月16日日曜日、夏休み前の三連休の中日。川崎市中原区の武蔵小杉駅付近で、これまで川崎でヘイトスピーチを伴うデモを繰り返してきた団体のメンバーらが、またしてもデモを行った。筆者はこの5年ほどそれなりの数のヘイトデモを見てきたが、今回のデモはその中でもかなり異様なものだった。

もともとこのデモはもう少し南にある中原平和公園を出発予定地としており、公園周辺には朝から数百人の市民がデモに反対の意思を示すために集まっていた。付近には大勢の警察官も配置され、デモを先導する警察指揮車からは「この後付近をデモ隊が通過する」旨も告知されていた。筆者を含むその場にいたほとんどの人は、当然その場所からデモが出発するものだと思っていた。

しかし実際には、デモ参加者は公園から500mほど武蔵小杉駅方面に進んだ交差点付近に観光バスで乗り付け、そこからゲリラ的にデモを開始した。その情報が伝わると、公園付近に集まっていた市民の多くは(そしてその場でスタンバイしていた数百人の警察官も)、その500mの距離を走って移動し、出発地点からすでに1ブロックほど進んでいたデモ隊に追いついた。すぐに激しい抗議が行われ、警察は混乱を避けるためだろう、デモ参加者を次々とバスに誘導し、参加者全員を乗せたことを確認するとすぐにバスは走り去った。筆者がデモ隊に追いついてから、たった数分の出来事だった。

おそらく、普段とくにヘイトスピーチの問題に関心をもたない人にとっては、「ああ、またか」というくらいのニュースだろう。いや、この問題にある程度関心がある人にとってさえ、その特徴をつかみにくいニュースかもしれない。しかしはっきりしていることは、今回のデモが川崎という地域を挑発し、その行政の間隙に付け込む、きわめて悪質なデモだったということである。

この一年、川崎で積み重ねられてきたこと

冒頭で、今回のデモに対して出発地点付近に数百人の市民が抗議のために集まった、と書いた。この5年ほどヘイトデモに対する現場での抗議活動がある程度当たり前になってきたとはいえ、それでも日本で数百人規模の抗議者がこうした形で集まるというのは、なかなかあることではない。ではなぜ、今回のデモに対してこれほど多くの人が強い抗議の意思を示したのか。

直接的な経緯は、昨年6月に遡る。2016年6月3日、ヘイトスピーチ解消法(本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律)が施行された。しかし川崎市では、解消法の施行以前から、6月5日にヘイトデモが行われることが予告されていた。その主催者は、それに先立って1月に行われた同様のデモでも「(在日コリアンを)1匹残らずたたき出してやる」「真綿で首をしめてやる。1人残らず日本から出て行くまで」などのヘイトスピーチを繰り返していた人物で(なお彼はこの発言で法務省から人権侵害の勧告を受けている)、デモの名称も1月と同じ「日本浄化デモ」だった。

昨年6月のデモは当初川崎区の在日コリアン集住地区付近での実施が予定されていたが、解消法の成立を受けて川崎市が申請された公園の使用許可を出さず、また横浜地裁川崎支部が在日コリアン集住地域にある社会福祉法人の申し立てを受けて同法人が運営する施設付近でのデモ実施を禁じる仮処分を出したため、結果として今回のデモの出発予定地点とされていたのと同じ、中原平和公園付近からの出発に変更された。

当日、公園付近には今回のデモ同様1000人規模の市民が抗議のために集まり、そこに警察側からの説得も加わって、結局デモは数メートル進んだだけで中止となった。これは、当日集まった市民の力はもちろん、それに先立つ当初の公園使用不許可に至る関係者の努力、集住地域でのデモ禁止の仮処分に至る法曹関係者の努力、そして当日状況を見極めて説得に動いた現場の警察の判断も含め、本当に多くの人たちの努力によるものだった。

「昨年の川崎デモをもう一度やる」

そしてこうした努力は、この日だけでは終わらなかった。川崎市ではその後、ヘイトスピーチ対策に向けた条例および公共施設利用のガイドラインの作成の準備を本格化。昨年12月には市の人権施策推進協議会によって報告書がまとめられ、このうちとくに公共施設利用のガイドラインについては、すでにその素案がまとめられて現在市のサイトでパブリックコメントを募集している(7月19日まで)。

今回のデモは、まさにそうした中で計画されたものだった。主催者を含む主要メンバーの多くは昨年6月のデモ参加者と予想され、また出発地点はやはり昨年6月に最終的な出発地点となった中原平和公園、これだけでも昨年との連続性ははっきりしている。しかし実際にはそれだけではなく、主要メンバーの一人がブログで「昨年断念してやれなかった「川崎デモ」をもう一度やる」「もう一度リベンジします」などと表明、主催者側の意図としても今回の企画が昨年6月のデモと連続したものであることが明確にされていた。

しかしその一方で同ブログでは、ヘイトスピーチは行わないこと、在日コリアンの集住地域では行わないことも表明された。すでに書いたように現時点では条例もガイドラインも準備中であり、市としてもそれを根拠に対応することはできない。そうしたことをわかった上で、また形式的には許可を出さざるを得なくなるような見せ方もしつつ、一方で昨年のデモとの連続性を大っぴらに表明して、行政の出方をうかがったのである。

今回のデモを「事例」として活かす

そして、デモの実施は許可された。聞くところによると、デモ側は今回のデモについて「成功」だと言っているのだという。確かに、地域を挑発し、行政を愚弄するのが目的ならば、今回のデモは「成功」なのだろう。と言ってもこれは驚くような話ではなく、公的なヘイトスピーチ対策が日本よりずっと以前から行われている国では、ヘイト側が制度上の間隙をぬって今回のように小さな成果を勝ち誇るというのは、よくあることである。つまり長期的に見れば、今回のようなことは制度化の際の「想定内」の出来事なのだ。

したがってより重要なことは、今回のことを制度化のための一つの事例として、十二分に活かしていくことである。過去に明白なヘイトスピーチを伴う行動を行った者が「ヘイトスピーチは行わない」「集住地域では行わない」ことを表明する一方で、過去の行動と強い連続性をもって新たな行動を計画する場合(とりわけそのことを誇示して挑発を行う場合)、これは手続き上どう扱われるべきか。これは少し前までは仮定の一境界事例にすぎなかったが、もはやそれは過去の話だ。

さて、途中ですでに触れたことだが、川崎市のヘイトスピーチ対策のガイドラインに対するパブリックコメントは、もう間もなく、7月19日水曜日に締め切られる。サイトには「市民の皆様からの御意見を募集」と書かれているが、コメントを寄せることができる人の範囲についての問い合わせに担当者は「特に制限はない」と答えたとのこと。今回のデモの件を今後の制度化の糧にするためにも、まずは今目の前にある機会を活かすことから始めたい。

社会学者

1976年名古屋生まれ。大阪公立大学大学院経済学研究科准教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。専門は社会学、社会思想、多文化社会論。近年の関心はヘイトスピーチやレイシズム、とりわけネットやAIとの関連。著書に『テクノロジーと差別』(共著、解放出版、2022年)、『レイシャル・プロファイリング』(共著、大月書店、2023年)など。訳書にエリック・ブライシュ『ヘイトスピーチ』(共訳、明石書店、2014年)、ダニエル・キーツ・シトロン『サイバーハラスメント』(監訳、明石書店、2020年)など。

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